窮地に陥った。
おれの頭は混乱を通り越して真っ白になっていた。
何をすればいいのか、分からない。鹵獲されてしまうのを、待つだけなんて嫌だ。
「動けよ、おれ…!!」
何に対して責めているのかすら分からない。攻めてくる敵なのか、はたまた無力な自分なのか。
頭が、ごちゃごちゃになる。
ベリアルの周囲はもはや敵だらけ。
「…………おれは……っ!」
ああ、前にも、こんな事があった。
そうだろ、“惺”。
『おいで、“ ”』
彼女の声が聞こえた。
『一緒に成りましょう、哀しみも痛みも感じない世界に』
視界には死んだはずの“惺”の姿。これは夢なのか、現実なのか。時が止まったかのようにおれは彼女と見詰め合う。
哀しみも痛みも感じない世界。それはどう言う事なのだろうか。
「おれに……死ねと言うのか…」
唇から情けない声。
おれは、償わなくて良いのか?
この世界を、お前が心から笑えるような幸せな世界にしなくても良いのか?
おれは、その呪縛から解き放たれても良いのか?
「おれは、死んでも、良いのか…?」
彼女の手がおれの頬に伸びる。
懐かしい温もり。
その温もりが、恋しくて憎くて仕方無かった。
「おれは……死んでも、良いのか…?」
おれは再び同じ科白を紡いだ。彼女は笑った。
『…――死ンデ。』
(お前が、そう言うなら――…)
―――刹那、
『だめ、惺。』
別の温もりを感じた。
目の前の彼女とは違った優しさ。不安定でまるでおれのようで。だけど何処か安心出来て懐かしい。そして、何よりも甘い。
おれは―――直感してしまった。
『私は貴女が死ぬ事なんて望んでいないわ。』
白を纏い、輝きを放つ彼女は、ゆっくりと操縦桿を握っているおれの手の上に自らの掌を重ね合わせた。
その瞳は、紛れもなく“彼女”。
『私に見せて。貴女の望んだ世界を。貴女の実現した世界を。』
情けなく涙が溢れ出す。
彼女は、昔と変わらぬ優しさでおれを包んだ。
『自分を責めないで。本当の私を見て。』
「“惺”…」
『嘘をつき、裏切った私が言えた科白じゃないけど。私は、ちゃんと貴女を想っていたわ』
「ほんとう、に…?」
『ホント』
彼女はもう一人の自分を指差した。その片方の手はまだおれと重ね合わせたまま。
優しく指先が触れ合う。
『もう、縛られなくていいの』
「惺…おれは…」
涙で、視界が霞む。彼女の顔をしっかりと見ておきたいのに。きっと、これが最期なのに。
(おれは、今までずっと、罪の意識に捕らわれて、本当の彼女を見失っていたんだな)
ずっと、幻影の彼女を追い続けて。
記憶を辿る。
そう、彼女は、何時も笑顔だったではないか。
死を受け入れた瞬間も、受け入れた後も、おれに愛を紡いでくれたではないか。
おれの左瞼を指先で優しくなぞる。
彼女のくれた瞳。
『私はずっと貴女と共に居るわ』
「……っ、」
『だから、貴女は前に進んで』
再び左瞼に触れる。
触れ合った隙間から熱が生まれる。
おれは、泣きながら微笑んだ。
最後に、この言葉を贈ろう。
お前に、ぴったりな。
「月が…綺麗です、ね」
彼女も、おれを愛しそうに見つめ、笑った。
『愛してるわ。惺・夏端月』
あの頃とは違う、飾りも何も無い、真っ直ぐな愛を。
二人でトリガーをひく。
綺麗な、余韻で。
2011.04.24
2013.01.07修正
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