「なあ、惺、ちょっといいか?」

その夜、ポツンと浮かんだある考えに、俺――ロックオン・ストラトスは彼女――惺・夏端月を呼んだ。
「今日はさ…、星が綺麗だから、一緒に天体観測でもしないか?」
「あー…」
惺は唸った。理由は分かる。外に出たくないのだ。
彼女は最近クローンに狙われているから、きっと、俺の身を案じてくれているのだろう。
(優しい奴…)
余談だが、クローンは朱の教団と言う組織が管理しているらしい。その実態は未だに謎で掴めていないが、必ず暴いて壊滅させて見せる。
俺は惺の頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫。俺がいるから。」
一瞬、惺の表情が和らいだ気がした。
余談だが、俺は惺がこんな時に見せる一瞬の表情が好きだ。強がりも虚勢も仮面も無い、本物の彼女が垣間見える瞬間。
何時も無表情な彼女は、なかなか感情を表に出してはくれない。しかし、最近になって漸く僅かな変化に気付けるようになった。
惺は俺を見上げ、「本当に大丈夫か?」と瞳だけで問うた。俺は「大丈夫だって」と彼女の頭を再び撫でてやった。
嫌そうに振り払われたが、「…じゃあ…行こうかな」と言う彼女の答えに、俺は密かに微笑んだのだった。







王留美の別荘からそれほど離れていないところにある公園で、俺達は空を見上げていた。
が、俺は空なんかより惺の横顔をずっと見詰めていた。
今日はちょうど満月だったらしく、月明かりに照らされた惺の横顔が、何処か幻想的で綺麗だった。
(…好きだな、惺の横顔)
何れ程の時が過ぎただろうか。
静まり返った二人の空間。
それを裂くかのように俺は話し始める。
「あのさ、惺…」
「…なんだ?」
惺は空を見上げたまま答えた。
俺も、じっと惺の横顔を見ながら続ける。
「今日…ここに連れてきたのは…お前に話したい事があったからなんだ」
「そうか」
惺はまだ此方を見ない。
「俺は惺の事をいっぱい知ってる。過去も本名も…いっぱい…。だけど、惺は俺の事を知らない。それっておかしくないか?」
「教えてくれるのか?」
意外な科白が返ってきた。彼女はゆっくりと空から俺に視線を合わせた。
やっと、此方を見てくれた。
俺は微笑む。
「おれが…お前に踏み込んでも…いいのか?」
真剣な瞳が向けられる。
俺は、その瞳に、ちゃんと告げなければいけない。
(“いいのか”、なんて…)
「惺を愛してるから、惺に聞いて欲しいんだ。」
俺を知って欲しい。互いを知り尽くして、もっと深いところで繋がりたいんだ。
今の状態に満足していない俺がいる。否、出来るはずがない。
彼女の全てを知って、彼女の背負っているものを軽減させてやりたい。
もう、これ以上、彼女が悲しい顔をしないように。
俺が彼女を支える。お互いに理解し合って、俺無しでは生きていけなくなってしまえばいい。
そんな、無垢な欲望を孕みながら。
「まず、俺の本名はニール・ディランディってんだ。」
「…ニール・ディランディ。」
その唇で囁く。
甘い戦慄が俺の身体を駆け巡る。
今なら死んでも構わない。そんな馬鹿げた事を考えてしまう程に、彼女の声は俺を満たした。
「……いい名前だ…」
そう言って、惺は再び天を仰いだ。
「続きは?」と催促される。
「そうだな…」
何を話せば良いのか、たくさんありすぎて分からない。
(んー…)
「ああ、そうだ。惺、実はな、俺には妹だけじゃなくて弟もいるんだ」
「弟…」
「双子のな。弟はライルって言うんだが、弟だけは生きている。俺の大切な家族だ」
「そうか…」
惺は押し黙ってしまった。何か言いたそうな顔をしている。
「惺?」
「おれには…義理の父さんしかいなかったから……」
彼女の瞳が悲しかった。
「今は俺たちがいる」
「…今は?」
惺の瞳が問い掛ける。
俺にはその彼女の瞳が何を求めているのか容易に分かった。
月の光を浴びて、「足りないんだ」と悲しげに求めてくる。
大丈夫。俺がお前を満たしてやる。
惺が優しく名を囁いてくれたように。

「これからも」

誓いにも似たそれ。
俺はきっとこの瞬間の事を忘れないだろう。

「……もしさ、ライルに会ったらさ、おれ、お前と見分けられるかな…」
突然降り注いだ惺の意外な科白。俺は思わず笑った。
「俺達、似てるからちょっと難しいかもな」
「そうか…」
「でも…」
惺は再び此方を向いた。彼女本来の真っ黒な瞳が、暗闇に埋もれることなく輝きを放つ。まるで、夜空に浮かんでいる、あの満月のように。
じわじわと、俺の心臓を蝕む。
きっと、彼女無しではもうやっていけない。
「惺なら、俺を見つけてくれるよな?」
月光に反射して、惺の瞳が煌めいた。
「勿論。」
そう答えた彼女が、何よりも愛おしい。


「月が…綺麗ですね……」

そっと囁いた科白は、彼女に届くことなく夜空へ散った。



2011.04.17
2013.01.03修正



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