彼女は言ってはくれなかった。
俺の望んでいた科白を、敢えて言ってはくれなかった。
『どうして叩かれたか分かるか?』
これ以上、危険に飛び込まないでくれ。
その科白の裏に隠されていた、命令にも似た懇願を、勘の鋭い彼女は見抜いていた。見抜いていたのだが。
その懇願は、彼女の口から約束されることもなく散った。
彼女は俺の手を擦り抜けてヒラリと蝶のように逃げて行く。
何時も独りで全てを背負って、何時も独りで抱え込んで。
お願いだから。気付いてくれ。
俺は、お前の傷を一緒に背負ってやれるんだぞ。
その気持ちは、何時になったら彼女に届くだろうか。
『仲間と一緒にいることは、弱さじゃない。惺』
純粋で、真っ直ぐな彼女に、
どうすれば伝わるか。
“お前は弱くない”と。
あの後捧げた言葉は、彼女に届いただろうか。
『一番弱いのは、前に進まないことだ…。惺』
『ロックオン…おれは……』


彼女の混乱に満ちた瞳が、忘れられない。


「…なあ、ティエリア。」
俺は隣に居た彼に問うた。彼は、突然話し掛けてきた俺に、僅かながら面倒臭そうな表情を浮かべた。
「愛するって、難しいな」
俺が呟くと、ティエリアは「惺の事か」と言った。
「あ、やっぱりバレてた?」
「バレバレだ」
ティエリアは俺の隣に腰を下ろした。
惺を好きだと言う気持ちは、皆にはバレているだろうとは思っていた。
(まあ、隠しているつもりではなかったし、惺に告白もしちまったからな…)
俺は思わず笑みを洩らすと、ティエリアを見た。彼は「あれで隠しているつもりなら、貴方は馬鹿だ」と吐き出す。
「貴方はずっとそうだった。それこそ、武力介入を始める前から、ずっと彼女ばかり見てきていた」
「鋭いなぁ、ティエリアは」
再び笑う。
彼は惺の事となると途端に人間味を帯びる。まるで、彼女と支え合って生きているかのように。その関係を羨ましく思うと同時に憧れた。
昔から俺が彼女を見詰めていたのと同じように、ティエリアは彼女の闇を昔から知っていた。
だから、この間、惺が風邪を引いた時だって、弱りきった彼女を抱き締め、一緒に眠りに落ちた。
今更ながら気付いたが、彼女は何かあったらティエリアの傍に居たように思う。
彼は、そんな俺の嫉妬に似た感情に気付いたのか、「しかし、」と言葉を紡いだ。
「僕は彼女の闇を知っていただけで、支えていた訳ではない。」
「ティエリア…」
「僕は、何時だって彼女を傍で見詰める事しか出来なかった」
彼の瞳が、悲しく揺らめく。

「傍に居ることは誰にでも出来る。しかし、惺を救えるのは、ロックオン・ストラトス――貴方だけだ。」

強い断定。
俺は、ただ固まってティエリアを見据える事しか出来なかった。
「どうか、惺を救ってくれ」
ティエリアは紡ぐ。
俺は、その瞳に誓う。

「ああ。絶対に。」

俺が答えると、ティエリアは静かに笑った。




2011.04.16
2013.01.02修正



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