私――グラハム・エーカーは、目の前の惨劇に、ただ言葉を失うことしか出来なかった。

刃と化した右腕を駆使し、愛しいはずの女性のクローンをめった斬りにする彼女は、まるで破壊神のように見えた。
戦場には慣れているはずの私でさえ、その光景に耐えきれず、思わず目を逸らしたくなった。
もしも自分だったら――と、こんな状況にも関わらず、不謹慎にも思う。
自分の場合、惺のクローンが三人現れる事になる。
例え、コピーであったとしても、愛した人と同じ容姿であるそれは、壊すのに計り知れない苦痛を伴うだろう。
(私には、出来ない)
身を引き裂かれそうな程の苦しみの中での決断。それを最後まで貫く強い意志。私はその苦痛に耐えられるのか、自信が持てない。
自分より小さく若いこの彼女が、どれ程の苦痛を経験し、乗り越え、そして引きずっているのか。
考えただけでもゾッとする。

このままでは、彼女が―――惺が―――壊れてしまいそうで。

ブジュア、と、耳を塞ぎたくなる肉の切断される気持ち悪い音。同時に、クローン達の腕が勢い良く飛んでいく。
唇からは、悲鳴にすら成らない声。

それでも彼女――惺は、破壊行為を止めない。

次々と切り離される肉片。
惺は切りつける。怖いくらい無表情で。
その無表情の奥に、今ならはっきりと見えるんだ。

彼女は哭いているのだと。

ポーカーフェイスで自身を隠して、押し殺した心で哭いている。
「…惺………っ!」
崩れ落ちた彼女をただ見詰めた。
どうして彼女は此処まで苦しまなければいけないのだろうか。
ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだからか?それとも別の理由があるのか?
どっちにしろ、ユニオンのフラッグファイターである私にはどうにも出来ない。
せめて、彼女の傍にずっと居られたならば、
彼女を襲う苦しみ全てから守り抜いてやるのに。
運命は、残酷だ。

「惺…」

血溜まりが日の光に反射する。
思わず、半ば睨み付けるかのように、天を仰げば、
空はムカつくくらい晴れていた。







クリスティナに手を貸してもらい、血塗れになって帰ってきたおれを見たマイスター達は、ただ驚愕の眼差しを此方に向けた。
賑わっていた雰囲気。しかし、おれの姿を捉えた瞬間、彼らの顔から表情が一瞬にして消えた。きっと、外出先で何が起こったのか皆もう気付いている。
「………惺…」
冷たい空気の中で、一番最初に動いたのはロックオンだった。
彼は、おれの元に無表情で近寄ると、

―――パンッ!

「…、っ!!」
左頬を叩かれた。
一瞬、何が起こったか分からなかった。
おれはただ、ロックオンの痛いくらい真っ直ぐな瞳を呆然と見詰める。左頬がジンジンと痛む。熱い。
おれは、怒りより、どうして自分は叩かれたのだろうか、と言う疑問でいっぱいになった。全く意味が分からない。
そんなおれを追い詰めるかのように「どうして叩かれたか分かるか?」と、怒りを含んだ声が降り注ぐ。
どうしてロックオンが怒っているんだ。
おれは何かしたか。皆に迷惑をかけるような行いをしたか。
寧ろつらくて身を引き裂かれそうなのに。凄く苦しいと言うのに。
じわじわと怒りが沸き起こる。
どうして、おれの気持ちを理解してくれないんだ。おれの気持ちを理解出来ないくせに、「どうして叩かれたか分かるか」なんておかしな話だ。
そんなこと、言われたくない。

「分かるか…なんて、お前が言えるのかよ…」

おれの唇は生意気な科白を生み出した。
ロックオンの顔が更なる怒りに歪む。まさに一触即発。だが、反撃する暇すら与えたくない。おれの感じている苦しみと同じものを、この男に少しでも多く与えてやりたい。
肩を貸してくれているクリスティナから離れ、自分の足で立つ。きつく拳を握り締める。
“惺”のクローンを三人も殺め、精神が弱っていると言うのにこの仕打ち。もう、ポーカーフェイスを気取っている余裕すら無い。
ただ、目の前の男に腹が立つ。
「…身体を失って、裏切られて、殺して、狙われて、また殺して…おれがどれ程苦しんできたのか…、苦しんでいるのか…、何も分かっていないくせに…おれに“分かるか?”なんて言えるのかよ…」
捉えたロックオンが涙で霞む。違う。悲しくて涙が出ているのではない。怒りから涙が出ているんだ。
「何でも分かった気になって…っ、おれの中に勝手に踏み込んで来るなよ…!」
ぐちゃぐちゃにおれの心を掻き乱して弱くさせる。お前がいなければおれは涙を知らずに済んだ。


「ロックオンなんか…!!……お前らなんか!!大嫌いだ…っ!!」


―――パンッ!
再び乾いた音が響き渡った。
また、殴られた。二度も殴った。
おれは、血走った眼をロックオンに向けた。仲間でなければこの右腕で殺していたかもしれない。
まだ、“彼女”のクローンの血が付着している右腕の刃で。
僅かに残った理性が邪魔をする。
ならば、死なない程度に痛め付けてやろうか。
「…てめぇ…っ!!」
と、殴りかかろうとした刹那、温もりに包まれた。
「……―――っ!」

おれは、ロックオンに、抱き締められていた。

「は、離せっ!」
ロックオンに力で捩じ伏せられる。腕の力は弱まらない。どうしておれは大嫌いな人間に抱き締められているんだ。
だんだんと自分が惨めに思えてきた。
「離してくれよ……っ!お願いだから……っ!これ以上……掻き乱さないでくれよ……っ!」

「…―――悪かった、惺。」

静かな空間に、ロックオンの声だけが響き渡った。
すぅ、と叩かれた左頬に触れられる。労るようなその手つき。冷たい指先がおれの頭をも冷やす。
「…惺の気持ちに…気付かなかったこと…苦しめたこと…全部、全部、悪かった」
ロックオンが言葉を紡ぐ。
だけど、急に謝られたって頭が直ぐについていかない。
彼の瞳が揺らめいた。
「惺が一番苦しんでる…っ、惺が一番頑張っている…っ、それは痛い程伝わってる…!だけどな、惺……っ!俺は――…っ!俺達は―――…っ!」

ロックオンの瞳が、
おれを貫いた。




「愛しいお前を…っ!失いたくないんだよ…っ!、失ったお前なら…っ、痛い程、分かるだろ……っ?」




その科白で、ロックオンが泣いているのだと、漸く気が付いた。
「…ロック、オン…」
小さな嗚咽がおれの鼓膜に響く。
彼の泣き顔を、初めて見た。
そして、おれの為に涙を流してくれた人間も、初めて見た。
(おれは、彼に何てことを言ってしまったんだ。)
今更になって後悔した。
彼は、ただおれを心配していてくれただけなのだと。
戦慄く両腕は、おれを離さまいと抱き締める。


「ごめん…。…大嫌いなんて…嘘だよ…」


それしか言えなかった自分が憎らしい。




2011.04.02
2013.01.02修正



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