三体の“夏端月惺”のクローンは、おれを見るなり笑った。
おれの好きだった彼女の笑みとは程遠い。似ても似つかないものだった。
「「「惺・夏端月発見」」」
前回とは違って、機械的な声が三つ響き渡る。どうやら、前回の失敗を生かし、今回はクローンの自我を消し去ってしまったようだ。
標的としてインプットされているおれを殺し、胸にあるチップを奪う。その任務の為だけに造られ生かされている。
不快感しかしない。
“惺”の命を、何だと思っているんだ。
ギリギリ、と下唇を噛んだ。
じわりと広がる鉄の味に、これから来るであろう結末を乗せて。
ただ、どうすれば最悪のシナリオを回避出来るか。正気を保つのがやっとだった。
おれだけを狙う殺人ロボットのクローン。それは、前まで自分が成りたいと思っていた“完璧”な姿そのものだった。
世界を壊す為に存在していたおれと、瓜二つ。だからこそ、この手に掛けるのがつらいのだ。
それは、“惺”と一緒に自分も殺しているのと同じ。

そんな考えを巡らせるおれを余所に、逸早く冷静さを取り戻したグラハムが「彼女達はなんだ!!君は知ってるのか!!」と、おれの肩を掴んだ。
おれは眉間に深い皺を刻んだ。
知ってるのか、なんて。
答えるまでもない。
「知ってるも何も…おれの愛した人だよ」
「なんだって!?」
グラハムが声を荒げる。
「君が殺したのではなかったのか!?」
「あれはクローンだ」
問い詰めてくるグラハムを押しやり、右腕から刃を出す。カチッと音を立てた後に、シャツを突き破って生えてきた刃に、グラハムは一瞬たじろいだ。
その目は「戦うのか、惺」と、確かに言っていた。
戦うのか、なんて愚問だ。
おれにはそれしか残されていないのだから。
彼女を苦しめ殺めた罪は、おれが苦しみ生きる事によって無に還る。
グラハムは、ゆっくりと口を開いた。
「君は…愛した女性を…、殺せるのか…」
思わぬ質問だった。
「一度殺めている。もう、何も感じない」
グラハムは本当に変なところで鋭い。
気付かれないように伏線を引いていたと言うのに。その瞳は悉く壁を突き破っておれを追い詰める。
だから、もう一度、あの時のように、仮面を被って。
「…何時ぞやにも言ったが…、おれは彼女を殺せた。つまり、所詮その程度の想いしか無かったと言うこと。おれは本気で彼女を愛してはいない」
グラハムは、一瞬だけ悲しそうに目を細めた。

「…嘘つき……。」

その言葉が痛い程に胸に突き刺さった。
「戦わなければ殺られる」
小さな声で、自らを正当化するかのように呟く。
「でも、他に方法があるはずだ!」
「グラハム…」
少し冷たい左手を握り締めた。

「…もう、何もかもが遅いんだよ。」

おれはクリスティナをグラハムに無理矢理預けた。抵抗するクリスティナと叫ぶグラハムを無視して。
おれは再び“彼女”と向き直る。
そう、
お前が許してくれるまで。お前が望んだ世界を実現するまで。おれは何度も立ち上がる。たとえ、何度も誰かを殺める事になったとしても。たとえ、おれが深く傷付く事になったとしても。

おれは、愛しかった彼女の元へ飛び込んだ。

あの時のように、鼻の曲がるような赤を携えて。

なあ、“惺”。
涙が止まらないんだ。




2011.03.25
2012.12.31修正



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