「ねぇ、惺、聞いてる?」

突如、降りかかってきた言葉に、おれはボーッとしていた思考を彼女に向けた。
目の前の、少し怒った彼女の顔を見て、ああ、クリスティナとショッピングに来たんだったな、と思い出して、「え、ああ…」と、曖昧に返す。
クリスティナはそんな返答が不満だったらしく、眉間に皺を刻んだ。
「このピンクのワンピースと、ブルーのワンピース、どっちが似合う?って訊いてるの」
「ごめん…。おれはピンクが好きだな。クリスティナに似合う」
「じゃあ、ピンクにする」
クリスティナは不機嫌な顔から一気に笑顔になる。
可愛い奴だ。情けないが、一瞬だけ、“彼女”を思い出して、本気で泣きそうになった。
クリスティナはちょっとあいつに似ているかも知れない。
「じゃあ、会計してくるね」
「ああ、じゃあ、外で待ってるから」
彼女の帰りを外で待つ。一人になると、また考えたくもない事が頭の中を過る。
――強くなりたい、という願望が打ち砕かれたのは、何時だったのか。
おれは一人思う。
全ては自分が弱かったから。何も守れなくて、傷付くしかなかった。
だから、強さを手に入れれば、ちょっとはこの苦痛から逃げ出せるだろう、と。
その為に、ガンダムマイスターになって。
しかし、現実は残酷で、人間は簡単には変われない。

おれは、弱い。

何故か笑みが溢れ出した。それは何処か諦めに似ていた。
強くなりたいとほざいておきながら、独りでは生きていけない自分がいる。
強さを求めていながら、群れることを望む愚かな生き物。
矛盾を孕んだ不安定な存在。

それが、自分なのだと。

「…馬鹿らし…」
思わず自嘲した。
ティエリアが言った通り、考えても無駄だ、と。
それにしても、クリスティナが遅い。もしかしたらナンパでもされているのか。
そうであったら助ける責任はおれにある。戦えるのはおれしかいない。
「まったく…」
一人嘆息した。
おれは振り回されるのが得意らしい。
取り敢えず、もう少し待っているか、と腕時計を確認して壁に寄り掛かる。
その刹那、聞き覚えのある、ムカつく声色が、おれの鼓膜を擽った。

「おや、惺じゃないか」

油断していた。
この声は一人しかいない。
そう、グラハム・エーカー。
(よりによってこんな時に…)
おれ一人だったならばまだ良かった。しかし、クリスティナを待っているこの状況で彼に鉢合わせたのは少々まずい。
内に潜む焦燥を気付かれないように「お前はおれのストーカーか」と、取り敢えず適当に話し掛ければ「失礼な」と何時も通りのグラハム。
彼は近付いておれの肩に手を置いた。
こうなったら暫く逃げられない。
どうして彼に何時も遭遇してしまうのだろう。
もはや偶然という言葉では片付けられない気がする。
「今日はどうしたんだ?」
「友人と買い物だ」
「ほぉ、友人…か」
グラハムは怪しく目を細めた。
「ソレスタルビーイングの、か?」
一瞬、心臓を鷲掴みにされた気がした。表には出さずに平生を装う。こいつには絶対にクリスティナのことをバラしてはいけない。
「だったら、どうする?」
どうやらゲームを仕掛けられたようだ。気付かれないように細心の注意を払う。
クリスティナはきっと他のマイスター達よりかはソレスタルビーイングに居るような雰囲気はしないから、ただの女友達として認識される可能性が高い。そちらに賭けてみる。
グラハムは笑った。彼は妙なところで鋭い。だから油断出来ない。
お願いだから、クリスティナ、今は来ないでくれ。
柄にもなく必死に願う。

が、しかし、

「ごめーん、待ったー?」

最悪なタイミングでクリスティナが帰って来てしまった。両腕には沢山の紙袋。まさか、いっぱい買ってきたのか(おれが荷物持ちになるんだろうな)。
そんな何も知らない彼女はおれの隣にいるグラハムを見て、何故か不機嫌になった。
「ナンパ?」
「いや、違う」
直ぐ様否定する。だんだんとこの状況に焦りを感じてきた。
「じゃあ、この人はなに?」
クリスティナがズビッと指を差した。グラハムは勢いに若干押されながら苦笑いした。
(ここはおれが何とかしなければならない…よな…)
クリスティナにはグラハムがユニオンの人物だとばれないようにする。尚且つグラハムにはクリスティナがソレスタルビーイングの仲間であるとばれないようにしなければならない。
まあ、グラハムがユニオンの人間だとクリスティナにばれても別段構わないのだが、彼とはゲームがまだ続いている。此処で終わらせるのは惜しい。
それに、彼の答えをまだ聞いていない。
敵同士と言う関係の上に、信頼を築けるのか。
その答えを聞くまでは。
「こいつは、おれが溺死するのを助けてくれた馬鹿。グラハムな」
「馬鹿?」
「で、こっちは、おれの友人」
「クリスです。惺を助けてくれてありがとうございます」
「いや、当然だ」
グラハムは微笑んだ。
おれはさりげなくクリスティナを庇うように前に出た。
こんなところに来たら、グラハムに会うかも知れないということは、十分予想出来たはずだ。だが、ここに来ることを了承してしまった。自分が情けなく思えてくる。
トントン、とクリスティナがおれの肩を叩く。
小さな声で、「この人が惺とキスしたのかぁ…」なんて呟いている。
「クリスティナ、ちょっと黙ろうな」
「はーい」
彼女は渋々頷いた。
「あ、そう言えば、惺に似合いそうなワンピース見付けてきたの!だから、買ってきちゃった」
「ま、まさかこれ全部じゃないよな…」
「勿論これ全部よ!後でファッションショーよ!」
「ま、まじかよ…」
顔中の血が、サァ…と引いていくのが分かる。スカートやら何やらを着せられる自分を想像して吐き気を催した。
「遠慮しとく…」
「却下!」
否定の科白は、クリスティナに届く事なく散った。

その刹那、
おれは、街の空気が変わったのを感じ取った。
グラハムも、一拍遅れて空気に気が付いたらしい。
「気付いたか、グラハム」
「ああ。何か来る」
「どうしたの、惺」
「クリスティナ、静かに」
彼女を守るように抱き寄せる。
戦慄く体を強く。
突如、向こうから逃げ惑う人間が押し寄せて来た。
バタバタと駆けてくる。地響きが酷い。
「なっ!どうしたんだ…!!」
――テロか。
驚き固まるグラハムの横で、冷静に考える。
(いや、まだテロの方がマシだ…)
恐れる事態は、彼女のコピーがおれを攻めてきた時。
まるで津波のように押し寄せる人間の塊。その波の中で、場違いに時がストップしている三人。
驚く男と、震える女、そして冷静なサイボーグ。
(…クリスティナだけは、守らなくてはならない)
傍らで震えるクリスティナを強く抱き締めた。
「大丈夫…、お前だけは守る」
この場には、前回のように自分を守ってくれるロックオンも居ない。自分の身を守るだけではなく、クリスティナも守らなくては。
(駄目になったら…、おれの身を犠牲にしてでも…)
瞳に決意と闘志が燃える。それに共鳴するかのように、高層ビルが爆発した。

煙が蔓延する。
その煙の中から、人影が三つ。

(…――三つ…?)

おれは、その人影の正体に、笑うことしか出来なかった。


「…惺が三人だなんて…、卑怯すぎる…だろ……」





2011.03.25
2012.12.29修正



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