目が覚めたら、ティエリアの整った顔が目に入った。

二度寝ならぬまさかの三度寝に密かに苦笑を洩らした。
ゆっくりとティエリアの胸元に擦り寄って抱き着く。ティエリアの香りが安心感を誘う。彼と添い寝する時は、何時も安らかな気分になる。
それは、足りないパーツがぴったりと嵌まる感覚に似ている。
ティエリアとおれの関係は、友情や愛情なんて言葉ではきっと表せない。
(ティエリア、起きないのかな)
時計を見ると、時間はもう正午を示していて、その間ずっと離れずに傍に居てくれたという彼の優しさに思わず微笑む。
おれは更に強く抱き着いた。
すると、胸元に感じる圧力に気が付いたのか、ティエリアがゆっくりと目を開いた。
「……惺…」と、少し掠れた声で名が呼ばれる。
途端に胸が苦しくなって、思わず彼の頬に顔を寄せた。

その名前を呼ばれる度に思う。

おれはその名前に恥じない生き方をしているだろうか、と。
彼女の為に生きようと決意したあの日。彼女の為に世界を変えようと誓ったはずなのに。
現実は上手くいかない。
彼女のクローンですら、こんなにも殺めるのがつらい。
早急に、彼女の遺伝子を悪用している組織を炙り出して壊滅させなければいけないのに。
身体が憶えている。
あの日の感覚を。
「ティエリア…」
彼の名を呼んだ。今度はティエリアの鎖骨に顔を移動する。
「……惺…」
ティエリアは再びおれの名前を呼んだ。それだけで、おれに何を伝えたかったのか分かった。
だから、ゆっくりと口を開く。
「…そのままで…聞いてくれないか」
ティエリアの鎖骨に顔を埋めたままで。
「おれ、また人を殺した。」
果たしてあのクローンが人と呼べるのか甚だ疑問だが。
ティエリアの身体がピクリと跳ねた。おれはそれに気付きながらも続ける。
「惺の、クローンを、殺したんだ」
「………。」
「胸が苦しくて、潰れそうなんだ。」
「………。」
「きっと、これから来るクローンも、おれが殺さなければならない」
「………。」
「苦しくて、死にそうだよ。」
こんなにも苦しい。だけど、彼女の事だけを想わせてはくれない。
ロックオン・ストラトスの、あの囁きが、おれを締め上げる。
クローンの事も、ロックオンの事も、考えなければならない。
おれには左腕しか残っていないと言うのに。その左腕にはもう“惺”が居る。
片腕だけでは二人を抱き締められない。何時かはどちらかを選ばなければいけない日が来ると、気付いてはいるのに。
おれは、決断出来ないんだ。
それくらい、ロックオン・ストラトスが大きな存在と成っている。
“夏端月惺”と、天秤にかけてしまう程に、彼が大きい。
ティエリアは何も言わずにおれを抱き締めてくれた。
「…惺、君は少し考えるのを止めた方がいい」
「ティエリア…」
ティエリアは微笑んだ。おれは、こんなティエリアは珍しいなと思いつつも、ぎゅっとその胸元に抱き着いた。
「…ティエリア…」
「…静かに。」
思わぬ真面目な声に、身体を強張らせる。ティエリアはそれを解すかのように更に強く抱き締めた。
「もう、君は何も考えるな。」
「…うん。」
「ありがとう、ティエリア…」


ティエリアは聞こえないふりをした。









熱が下がったおれは、再び皆の元へと戻っていた。
看病で半日無駄にさせてしまったティエリアには本当に悪かったと思う。
何かお返しにプレゼントでもするか、と柄にもないことを考えながら、朝のようにロックオンの隣の席に座る。なんだか空気が重い感じがしたが、気のせいだろうと、意識を食べ物に向ける。朝はちゃんと食べられなかったからな。昼飯はちゃんと食べてやる。エビチリに狙いを定めるおれ。
「惺…具合、大丈夫なの?」
心配しているのか、クリスティナが訊ねて来た。おれはエビチリからクリスティナにターゲットを変える。
「大丈夫」と答えようとして口を開くが、何故かティエリアが「大丈夫だ」と答える。
おれは口元を掌で隠した。
妙に可笑しくなって、笑いが溢れてきた。
クリスティナはそんな事は気にせずに「大丈夫ならさ、一緒にショッピングに行かない?」と、おれに問うた。
「ショッピング……」
クリスティナと一緒にショッピングは行きたい。だが、この間、ロックオンの誘いで出掛けた時、襲撃されるという事態に陥った。
今回も襲撃される可能性は高い。自分の左肺にチップが有る限り。
「でも…おれと一緒だと…」
「大丈夫。」
おれの科白を遮って、ゆっくりと微笑むクリスティナ。驚いてエビチリを落としてしまった。

「惺が…守ってくれるんでしょ?」

やられた、とおれは思った。クリスティナ、お前はきっと小悪魔だな。
おれは頭をガシガシと掻いて、彼女と同じように微笑む。


「…ああ、勿論だ」




2011.03.25
2012.12.29修正



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