「…………んぅ…っ、!」
彼女が呻き声(にしては妙に艶かしく聞こえた)を発した瞬間、その場が凍り付いた。物音は立てていない。静かに惺とティエリアの寝顔を見ていたはずなのに、異変を感じた惺が、現実に戻ろうとしていた。
冷や汗が伝う。
「どっ、どうするのよっ!惺が起きちゃう!」
「ど、どうするって言われても…!か、か、隠れる…?」
「かっ、隠れましょう!」
「早くっ!みんなカーテンの中に…!!」
混乱していた皆の頭には、惺の部屋から出る、という一番安全でまともな選択肢がすっぽりと抜けていた。カーテンに隠れた後になって、俺はそれに気付いた。
「部屋から出れば…」
「もう遅いよロックオン…」
アレルヤの困った声。確かに。もう手遅れだった。
ベッドが軋んで、惺が動く。何かブツブツ呟いているようだったが、ここまでは聞こえない。
その次の瞬間、クリアに聞こえてきた科白に、俺の心臓は一旦死んだ。

「殺して…、くれよ……っ、」

(殺して、くれ?)
彼女の様子がおかしい。
もしかしたら魘されてるのか。
そうだとしたら、起こしてあげなければ。彼女が傷付く前に。彼女が苦しむ前に。
強くて弱い彼女を、助けてあげなければ。
しかし、異変は訪れた。
「あ…!!あ、ああ、あああ…!!ああ、ああ……!!!!ゆ、夢…!!ユめ、夢夢ゆメ…!!!い、ああ、ああ、あああ…!!!」
狂ったように声を発し続ける惺。助けてあげなければ。抱き締めてあげなければ。
だけど、何故かカーテンから出られない。金縛りにあったかのように、身体が動かない。
それはまるで、俺と惺の心の距離を表すかのように。
ただ、薄い布が、俺達を隔てる。

彼女が――惺が――泣いているというのに―――…

涙を拭う事すら出来ないなんて。

ティエリアが惺を抱き締める。
ポンポンと背中を叩いて。
彼女の事は何でも知りたいし、それなりに知っていると思っていた。
だけど、そんなのは幻想に過ぎなくて、
彼女の闇は、とめどなく溢れる。
俺は、彼女を知ってはいるが、彼女の苦しみを知ってはいない。

「愛って…なんだろう」

惺が呟く。泣きながら。
彼女の顔をカーテン越しに捉えて、俺も泣きそうになる。自分が馬鹿すぎて。
自分が耐えきれなくなったからと、彼女に一方的な愛をぶちまけた。
愛している、と無理やり囁いて。
彼女は「戻れなくなる」と言っていたではないか。
自らの持つ愛ですら、膨大過ぎて手に負えなくなっていたのに、その愛に、上乗せするかのように俺の愛を重ねた。
絶妙なハーモニーを奏でるかと思っていたそれは、何も奏でることもなく崩壊した。

見抜けなかった、俺は、馬鹿だ。
彼女を、愛で押し潰したのは俺だ。

「ティエリア」
涙ながらに、ティエリアを呼ぶ声。彼は、ゆっくりと微笑んだ。
「大丈夫……。君が望む限り、傍にいると約束した…」
優しく、惺に答える声。
彼女はぎゅっと彼の胸元に頬を寄せた。まるで、母親に縋り付く子供のように。
「だから……安心して…おやすみ」
「う、ん…」
ゆっくりと、静かに、
ティエリアの腕の中で、瞳を閉じた。


『…――あの子は愛される事を知らない。』


不意に、ある人物の言葉を思い出した。それは、ソレスタルビーイングが本格的に活動を開始する前に告げられた科白。

『愛されたい欲求を、誰かを愛する事で満たしてきた。』

その“誰か”とは、“夏端月惺”だったのではないかと今更ながらに思う。
きっと、彼は、伝えたかったのだろう。
こうなる事を。
愛する事で、彼女を苦しめてしまうと。




『…――お前に、あの子を救えるのか。ロックオン・ストラトス』


『俺は、彼女の笑顔を取り戻す。』



確かに、そう答えたんだ。俺は。

静かな部屋の中で、俺達はただ、じっと彼女の事だけを思った。

きっと、助けて見せる。
終わらない悪夢の中に、優しい子守唄を流してあげようと。

安心してお眠り。
お前は独りじゃない。

何時かそれが伝われば良いのに。




2011.3.1
2012.12.28修正



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