部屋に駆け込んだ。視界がぼやける。息が荒い。顔が熱い。頭がガンガンする。
おれはフラフラとした足取りでベッドに向かう。なんで。ロックオンの顔が瞼の裏から離れない。
「やばい…おれ」
きっと死ぬんだ。不治の病だこれは。やばい。ああ、頭がガンガンする。
ベッドの上で一回転。シーツをグチャグチャに巻き込んだ。
「ああ…ホントに…もう、だめだ…」
目をゆっくり閉じる。その瞬間、部屋の扉が開かれるのを捉えた。ノックもしないで失礼だな、とか文句を言いたかったけれど、もう瞼は後戻り出来ない。
悪いけど、このまま眠らせてくれないか。

「……惺…?」

綺麗で澄んだ声がおれの名を呼んだ。それを聞き取った瞬間、耐えきれなくなったおれは死んだように眠った。







「おかしいわね…あの子が赤面するなんて」
その科白を聞いた瞬間、僕の頭にはある考えが浮かんだ。振り払おうとしたがネットリとまとわりつくそれ。どうやら自分が思っている以上に深刻だ、と自嘲する。お陰で食欲も削がれてしまった。
(もとから無かったが)
僕はゆっくり立ち上がる。結局彼女を追ってしまう自分が馬鹿らしい。
「……………。」
無言で立ち上がる僕を不思議に思ったロックオンが「ティエリア?」と名前を呼ぶ。
「……部屋に戻る」
そう嘘を吐いて、惺の後を追う。頭に浮かんだあの考えが当たっていなければいいが、と一人不安になる。
(きっとみんな気付いてなかった…)
気付いたのは僕だけだ、と言う優越感に似た何かを覚える。
だって僕と彼女は光と影のように離れられない存在なんだ。気付かないはずがない。
足が真っ直ぐに惺の部屋へ向かう。真相を確かめたくて仕方無い。
いや、それより、それが事実だったら僕はどうするつもりだ。今更ながら不安が襲う。
しかし、
もう、手遅れだ。

扉を開いた。
開いた後にノックをし忘れた事に気付く。まあ、彼女なら別に構わないだろうと考え直して、一歩、部屋に入る。

「……惺…?」

呼んだが返事がない。
静かだ。もしかして居ないのか。
もう一歩、踏み出す。
すると、視界は漆黒を捉えた。
「…惺」と、再び名前を呼ぶ。しかし反応は無い。
(寝た、のか?)
ベッドに死んだように眠る惺を無理矢理こちらに向かせる。一瞬だが、本当に彼女が死んだように見えて怖くなった。
静かに上下している胸を見て呼吸を確認すると、僕は密かに安心した。
無理矢理こちらを向かせたせいでシーツがシワシワになっているが、惺のせいにしておく。「惺、寝てるのか」
最後にもう一度名前を呼ぶ。最近色々あって疲れているのだろう。完全に寝ている彼女はピクリともしない。僕は「はぁ」と溜め息をついた。そして自らの手を彼女の額にあてる。
「……やっぱりか」
僕は眉間に皺を刻んだ。
熱がある。
それに、よく見ればうっすらと汗をかいている。

「……仕方無いな…」

僕は呟いた。
結局は、この彼女が大切なんだ。







額に生まれた冷たい感触で、おれの意識は覚醒した。
なんか、額に乗ってる。湿ってる。なんだ。
ゆっくりと瞳を開いた。同時に視界に入ってきた鮮やかな紫色。
(ティエリア…?)
漠然と思った。
すると、丁度それに反応するかのように此方を向いたティエリア。そして、おれを確認すると僅かに微笑んで「惺、起きたのか」と告げた。
きっと他の皆は彼がこんなに穏やかに笑うだなんて知らないだろうな。
「ティエリア…どうして…」
おれの科白に、ティエリアは微笑みを崩して怒ったような表情を浮かべた。
「風邪だ。君は自己管理がなってない」
「か、風邪…」
一瞬分からなかった。
風邪は久しぶりだ。不治の病じゃなくて良かったと一人馬鹿らしくも思う。そういえば最後に風邪を引いたのは、おれが完全な人間で、まだ父さんが生きていた時だったと思う。
サイボーグの身体だから大丈夫だと油断していた。
「君にしては珍しいな」
十中八九、昨日の雨のせいだが、ティエリアには言えない。大切な人のクローンを手に掛けたと。彼の影に成ると約束した日から、おれは彼に闇の部分を見せまいと必死で隠してきた。ただでさえ、この間のナドレの件で悩んでいると言うのに、これ以上、心配かけたくない。
目を逸らす。
ただ、その赤い瞳に見詰められるのが怖くて、その瞳に見透かされるのが怖くて、気付かれないように「看病…してくれたのか?」と問う。
「惺」
彼は答えてくれない。
代わりにおれの名を呼ぶ。
「こっちを見ろ。僕から目を逸らすな」
ぐいっ、と顔を近付ける。
思わず「ティエリア、風邪移る」と呟いたが、彼はそんな事などお構い無しらしい。
「僕は君と同じで普通ではない。気付いているんだろう」
「…ティエリア」
「大丈夫。」
それは、風邪が簡単には移らないと言う事なのか、それとも、本当の事を打ち明けても良いと言う事なのか。
彼の瞳をじっと見詰めた。瞳の奥に情けない姿のおれが住み着いている。ティエリアの綺麗な瞳から、こんな優しい彼の瞳から、汚いおれなんか消え去ってしまえば良いのに。
「…………………」
ティエリアは無言になった。おれは尚も見詰め続ける。もしかしたら何もかもばれているのかも知れない、と何と無く思った。
「ティエリア…ありがとう」
何も喋らないで立ち尽くしたままの彼に、素直にお礼を言った。
風邪のパワーのせいか、今日のおれは何時もより心を開いている。
「別に…気にしていない」とティエリアが呟く。そして、おれに背中を向けた。

「い、行かないで…!」

びっくりしているティエリアの裾を掴む。お願いだから、今だけは離れないで、そんな弱い心が彼を必死に引き留める。
「独りに…しないで…」
何も真実を聞かずに、ただ寄り添ってくれと請うおれは狡くて酷い人間だ。
そして、ティエリアがそれを受け入れると知った上でやっているのだから。
指先が震える。
「…………………………。」
重い沈黙が流れた。無性に泣きたくなる。ティエリアは困っているだろうな。
(だけどごめん。)
今日は、我が儘きいてくれないか。



「…――もう…独りじゃないと解ったから…僕は…進もうと思う」

おれは、目を見開いた。ティエリアは続ける。
「君も、独りじゃない」
それは、この間、おれがティエリアに言った科白だった。
そのまま目を見開いて固まるおれにティエリアが珍しく微笑んだ。

「君が望むなら、何時だって傍にいる」

「ティエリア…」
彼はおれの隣に寝そべった。
そう言えば何時ぞやにもこうやって添い寝をした。
あの時から、ずっと変わらない。彼の温もりは。
こんなにも、安心出来る。
「僕は、君が思っている程、柔[ヤワ]じゃない。」
「ティエリア…」
さらり、と、髪を撫でる。
「君の好きなタイミングで構わない。何時か、ちゃんと僕に明かしてくれれば」
パタタ、と、涙が伝った。
ぐしゃぐしゃのシーツに小さな染みが出来る。ティエリアはその涙をじっと見詰めていた。そして小さく「こんな時に不謹慎だと思うが」と囁いた。
「君の泣き顔は、嫌いじゃない」
ティエリアは笑った。
「苦しんで傷付いて僕を頼るその泣き顔が…、好きなのかも知れない」
おれは涙しながら「ばか」と笑った。

「なあ、ティエリア、」
「なんだ、惺」
「おれさ、」

いつの間にか、こんなにも誰かが恋しくなっていたんだな。





2011.02.22
2012.02.11修正
2012.12.27修正



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