俺達は濡れたままで王留美の隠れ家へ帰ってきた。王留美は俺達が夜中に抜け出した事に気付いていたらしく、玄関に着くなり満面の笑みで迎えてくれた。
「お帰りなさい」
「ああ…ただいま」
「……………。」
彼女は俺達を問い質す事もぜずに「あちらの大浴場をお使いくださいな」とだけ告げた。俺は苦笑いで礼を言う。何も言わないでいてくれた事が有り難い。
「惺、行くか、風邪引くぞ」
「……………。」
惺はあれからずっと無言だった。無理もない。愛した女性と瓜二つの彼女を手に掛けたのだから。
雨の中で慟哭しても、それだけで悲しみが癒えるはずもない。
惺はチラっと王留美を見た。それで何か伝わったのか、王留美は「わかりましたから」とにこやかに答えた。
「大浴場…行くか…」
俺はボソッと呟いた。惺は静かに頷くと、俺に続いて自室に着替えを取りに歩き出す。


「あら…」

俺達は、去った後、王留美が呟いていたのを知らない。




「大浴場…混浴でしたわ…」







「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………悪い。」

数分後、俺達は大変な事になっていた。物凄く重い沈黙の後、先に口を開いたのは惺。

場所は大浴場。俺がお湯に浸かっていたところに、バスタオル一枚の惺がやって来たのだ。
(…混浴…だったのな…。)
「ちょ…っ!惺!」
去ろうとする惺。俺は何故か咄嗟に惺を引き止めてしまった。このまま引き止めてどうするつもりだ俺。一緒に入るつもりか。脳内でツッコミをしたがもう出てしまった言葉は取り消せない。
「…………。」
無言の惺。俺はそこに立ち竦む彼女を見詰めると「せ、せっかくだし一緒に入ろうぜ」と告げた。
「そこに居たら寒いだろ?」
下心も何も無いと言ったら嘘になるが、自分は何もする気は無いと彼女にアピールする。
何時もとは違う雰囲気に、もしかしたら、彼女自身の事を話してくれるのではないか。そんな淡い期待と共に。
「……………………………」
惺は無言になった。当たり前だ。俺は男で惺は女だから。きっと俺が変なことしないか脳内で探っているのだろう。
しかし、数秒後、俺の思いに反して、彼女は頭をガシガシと掻くと「わかった」と呟いた。
誘った俺が言うのもおかしいが、そんなに無防備でいいのか惺。
(でも、少なからず信用されているという事だよな…)
嬉しいのか、悲しいのか。
「………………」
無言で立ったままの彼女に手招きする。言葉すら無いこの空間に、ライオンの口から大量に出てくるお湯の音だけが俺達を包む。
「………………」
俺は再び手招きした。彼女は一瞬だけ照れ臭そうに表情を崩すと、俺の元に近付いてきた。
「……………」
「……………」
少し離れたところに座る。濡れた彼女は先程の雨の中とは違う魅力を感じた。
「もう少し、こっちに来たって良いのに」
にっこりと挑発する。惺は「ふん」と言って外方を向いた。
彼女らしいが、その態度に俺は悲しくなる。
「なあ、惺…」
「ん…」
「もう少し、俺を頼ってくれたって良いんだぞ…?」
惺は、じっと俺を見詰めた。何時もは瞳を見れば何を言いたいのか分かるのだが、今回は彼女の言いたい事が読み取れなかった。
惺の双眸は俺を真っ直ぐ突き刺す。
「これ以上…、お前に縋ってしまったら…おれは…」
俺は惺に触れる事の出来る距離まで近付いた。
ピクリ、と身体を揺らす彼女。
「…縋ればいい」
小さく囁いた。彼女に聞こえただろうか。定かではない。
ゆっくりと惺を抱き締めた。やばい、止まらない。彼女を離したくない。心臓が煩い。
「…………………………」
相変わらず無言の惺。彼女に、この鼓動が聞こえてしまうのではないか、と怖くなる。
彼女の濡れた髪の毛が、俺の理性を壊しにかかる。抑えきれない。惺が愛しい。凄く愛しい。


本当は、随分と前からこの気持ちに気付いていた。


「……ロックオン」

惺の声が響いた。
目が合う。
ああ、今度は惺の言いたいことが分かった。
「…違うだろ?お前は…おれを妹のように見てるだけ」
ゆっくりと、惺の鋭利な科白が突き刺さった。
予想はしていたが、やはり実際に言われるとキツい。俺は一瞬だけ妹を思い出して、惺の科白に「でも…」と答えた。
「…妹に、こんなことはしない。」
殆ど裸の状態できつく抱き締める。濡れた肌に触れて、俺の気持ちが全て伝われば良いと。
惺は動かない。
「…………………」
俺は知っている。寡黙で無愛想な惺だけど、本当は誰よりも周りを見ている。

「本当は気付いてるんだろ。惺」

俺の、お前を見る目が、
もう、妹じゃなくなっている、と。
「…惺、」
「……………………」
気付けば俺は彼女の名前を呼んでいた。もう、耐えきれなかった。
初めて逢った時から。
その双眸に見入られた瞬間から。
俺のストロベリーキャンディーを、受け取ってくれた時から。
初めて笑顔を見せてくれた時から。
泣きながら俺に抱き付いてきた時から。
雨の中で、弱い彼女を見つけた時から。
気が付いたら、俺は何時も彼女の笑顔の為を思っていた。

そして、きっと、これからも。

全部、愛おしい。
全てを晒け出して、俺は彼女の悲しみを包み込む。
愛してるから、愛するから、俺に全て縋ればいい。
そう思う俺は馬鹿な男だ。
「惺、俺は…」
「言わないで」
惺の強い制止の科白。しかし、彼女の言葉を無視して、更にきつく抱き締める。雨の中よりも、鮮明に感じる温もり。
「…頼むから…逃げないでくれ…」
情けない声が響いた。
全てを自分独りで抱え込むな。お前をここまで思っている男に、少しは悲しみを分け与えてはくれないのか。
惺は泣きそうな顔を俺に見せた。
「それを言ったら…戻れなくなる」
つらそうに、告げた。俺は彼女同様、泣きそうになって返す。
「俺達の仲って…そんなもんだったのか…?」
しん、と一瞬静まる。
俺は不安に支配された。
「違う」
惺の声は、震えていた。
「おれが…、戻れなく、なるんだ。大事な人が、増える度…弱くなる。怖くなる。…これ以上、失いたくない」
「恐怖は、人間として当たり前のものだよ。惺」
惺が俺の指に触れた。
ギュッ、と握り締める。



「…――だから、言わせてくれないか。惺を愛している、と」



「ロック、オン」
彼女の涙が、妙な背徳感を与える。この涙は、俺だけの涙。俺だけを思って流した涙。
今だけ見逃して。
俺だけの惺でいてくれ。

「…なあ、惺……俺、限界なんだ……」


瞳がYESと言っていたから。
(どうか、言わせてくれ)





「惺…俺はお前を―――…」





愛している。






2011.02.17
2012.12.24修正



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