俺が惺を発見した時、彼女は独りで闇の中に佇んでいた。
「…惺」と呟く。だけど彼女に届く事はなかった。
彼女はゆっくりと崩れ落ちる。
ああ、やっぱり来るのが遅かったか、と不謹慎にも思った。
崩れ落ちた彼女は、背景の曇り空と合わさって幻想的な雰囲気を醸し出していた。
何時だって彼女は哀しみと両思いだった。
その欠片でも良いから俺に背負わせてくれたら、きっと彼女をこんなにも泣かせるような事にはならないのに。

不意に、ポタポタと雨が降ってきた。ああ、俺も彼女も傘を持っていない――彼女を見詰めたまま、そう思った。そして、やっと動き出した俺は、ゆっくりと彼女に近付く。その間にも勢いを増す雨。
ペチャ、ペチャ、と、できたての水溜まりの上を歩く。彼女はずぶ濡れにも関わらず、絵画の登場人物のような美しさを兼ね備えていた。
思わず、全てを忘れて見とれてしまいそうになった。

「惺。」

彼女の名前を紡ぐ。しかし、その声は雨に攫われて大地に消える。

「惺。」

今度は力強く呼んだ。
彼女は、俺の声に気付いたのか、俺とは対照的に力無く振り向いた。
濡れていた。
瞳いっぱいに涙を浮かべて。
「ロックオン…」
彼女が呟く。まるで何かに縋るように。大丈夫、俺は惺の全てを受け止められる自信がある。この気持ちが残らず伝われば良いのに。
「ロックオン!!」
今度は叫ばれた。
そのまま科白を続ける惺。
「おれ…は…っ、本当は、こんなことなんて…っ、望んでいない…っ!」
ふるふると震える惺。錯乱しているのだろう。雨の中でも鮮明に分かる。
俺の瞳は、ただ彼女だけを映し出す。
「おれは…っ、あの頃もっ、どんな時もっ、何時だって…!これからだって…!あいつを想っていたかったんだ…っ!」
俺にぶつける。何時ぞやの海での会話のように。真っ直ぐに、ありのままの心を。
不意に、初めて惺に会った時の事を思い出した。
あの時の事はよく覚えている。
冷たい瞳と冷たい声で、「世界は醜い」と吐き出した。
そして、その唇で世界の終焉を導くと宣言したのだ。
しかし、どうだろう。
今、目の前にいる彼女は、あの頃とは全く違う。
ポーカーフェイスで覆い隠した心が、雨に濡れて露になる。
全てを壊そうとしていた彼女は、本当は、誰よりも傷付き、誰よりも優しい。
惺は涙に溺れた瞳で訴える。
傍らに横たわっているクローンの死体を抱き締めて。

「大…っ嫌い…っ!」

一瞬、心臓を握り潰された。
惺の瞳は全てを責めた。
「この世界なんか…っ、大嫌いだよぉ…!!どうして…っ、こんなにも…っ、!!」
惺は哭いた。
純粋に“彼女”を愛していたかったのに、それすらも叶わないのか、と。自分が愛するのと引き換えに、傷付くのは何時も“彼女”だ、と。
小さく嗚咽が聞こえる。
(ああ、惺…、)
雨の音が煩い。俺の瞳は惺の姿しか映せない。

…――お前と云う奴は、傷付いても猶、“彼女”を最優先にしてしまう、愚かな程に優しい人間なんだな。

助けを求めるかのように見詰めるその瞳。漆黒と紺碧に見入られたまま、俺は、何時かのミス・スメラギのように両手を広げた。
一瞬、惺が無表情になるが、そのまま堰を切ったかのように再び泣きじゃくる。
数秒後、俺の胸には愛しい愛しい惺が飛び込んで来ていた。
「強く、成りたいよぉ…っ!!!」
震える惺を、両手いっぱい抱き締めた。そうでもしなければ、この小さい生き物は、壊れて何処かに飛んでいきそうだったから。
「大丈夫さ…。だって俺達、…テロリストだろ?」
慰めの言葉は、準二級だった。
こんな言葉では、彼女の悲しみなど癒えはしない。
「ロック、オン…!!」
「大丈夫……大丈夫だから……」
雨の音が、憎かった。
彼女の鼓動も、啜り泣く声も、
全てを包み込んで安心させたかったのに。
雨の音は、そんな俺達を引き裂くかのように止まない。
「お願い…もっと…強く…抱き締めて、っ!」
せめて、俺だけは、惺の全てを受け止めてあげたい。
彼女を、独りにさせたくない。
だのに、
雨は俺達を許しはしない。
全てを流してしまう程に強く降り注ぐ雨。
このまま雨と一緒に惺が消えてしまいそうで怖い。
彼女は、確かに此処に、俺の腕の中に居ると言うのに。

俺から惺を奪うな。

「惺、」
小さく名前を囁く。
雨はそれすら邪魔をする。

「俺が、傍に居るから。」

ザーザーと降り注ぐ雨。
彼女の泣き顔が瞳の奥から離れない。


この瞬間から、俺は雨が大嫌いになった。




2011.02.14
2012.12.24修正



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