飛び散る鮮やかな血を見ながら、俺――ロックオン・ストラトスは思った。
どうして惺だけがこんなにも苦しまなければいけないのか。
どうして、惺だけがこんなにも泣かなきゃいけないのか。
こんなにも、必死で生きている彼女を、世界は追い詰めて逃がさない。
彼女の苦しみと引き換えに、此の世界の誰かが幸せになる。
彼女の涙と引き換えに、此の世界の誰かが笑う。
ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、いけないとは分かっている。こんな事を思うだなんて、最低だとも分かっている。
だけど、

彼女が傷付く世界ならば、要らない、と確かに思ってしまった。

「うぁ……ッ!」
惺が声を洩らした。撃たれた傷口が開いているらしい。
「惺っ!もう少しだから…!!」
涙目になっている自分がいた。
彼女を、失いたくない。
そんな俺の気持ちを鋭く察知したのか、惺は走りながら力無く微笑んだ。
「…これくらいじゃ…死なないって、ば…」
「…喋るな!」
俺は惺を抱きかかえた。
追い掛けてくる銃声。
早く彼女を安全な場所に。早く彼女を助けてあげなければ。
惺は、何処か不安定な笑みを浮かべながら呟く。銃声ばっかりの周囲だったが、俺にはハッキリと彼女の声を聞き取る事が出来た。

「…おれ、もう無理だよ…」

「そんなこと言うな…!!」

俺は、彼女のことだけを思った。
どうして、惺だけ。
彼女が笑顔に成ることが出来るならば、全てを捧げようとすら思えるのに。

其れさえも、許されない。







「峠は越えましたわ」

王留美の別荘にて、惺は緊急手術を受けていた。
密かに用意していた特殊な医療チームが、惺の体内にある弾丸を取り除いて傷口を塞いでくれたらしい。
俺達はホッと胸を撫で下ろす。ミス・スメラギ達も俺達のただならぬ様子を見て、何があったのか理解したらしく、心配そうに俺を見詰めている。

物凄く重い空気が漂う中、耐えきれずに口を開いたのはクリスティナだった。
「…惺に何があったの?」
俺は口を噤む。
惺にあったことを全て吐露して良いのだろうか、と。
しかし次の瞬間、その心配は無くなった。

「…――知りたいか?」

重い雰囲気を切り裂いた声の主は、脇腹を押さえ、壁にもたれ掛かる惺だった。
「惺!?安静にしてろ!」
「おれをナメるな。何回も似たような手術受けてきたんだ」
「だからといって起きちゃダメだろ!」
俺は怒鳴り散らす。しかし惺は苦笑いを浮かべて此方に近付いてくる。
「だってまだ答え合わせしてないだろ?」
まるで自分ではなく別の人に起こった災難を楽しむかのように告げる。いつも無表情な彼女にしては珍しく、口角は上がったまま。
しかし、今笑顔を見せられても、全然嬉しくない。
惺は話し始めた。

「要点を纏めると…、身体を地雷で失ったおれは、昔好きだった女に裏切られて、そいつを殺した。で、今頃になってその彼女のクローンが、おれの体内に隠されていたチップを狙って襲撃してきたってこと」
「待って!意味分からない!」
「待ってって…そのままなんだけど…」
惺は肩を竦める。
しかし、クリスティナの言うことは尤もだった。
言い返そうと息を吸うクリスティナ。しかし、意外にもミス・スメラギが遮った。
「チップってどういうことよ。わたし、聞いてないわ」
惺は一瞬困った顔をするが、直ぐに何時ものポーカーフェイスに戻った。
「おれも聞いてないよ。初耳だったんだ」
そして「父さんとドクターの独断だよ」と吐き捨てた。ミス・スメラギはその科白を無視して続ける。
「その、命を懸けてまで隠そうとしたチップは、何なの?」
「だからおれも知らないんだって。ただ、惺は…………クローンの0130号って奴は…、最強兵器のデータが入ってると言ってた」
俺は、惺が彼女の名前を言った瞬間、僅かに表情が歪んだのを捉えた。
無理もない。普通は混乱するし、苦しい状況だ。
それなのに、彼女はまだ戦おうとするのか。
それなのに、彼女はまだ立ち上がろうとするのか。
(…惺……)
「…最強兵器………それは貴女がサイボーグになる時に埋め込まれたのね」
惺は左胸に手をあてた。
「うん。左肺に…」
ミス・スメラギは泣きそうな顔を浮かべる。俺も泣きそうだ。
彼女だけが苦しめられる理由が分からない。
代われるならば、変わってあげたいのに。
その様子を見た惺は苦笑いした。
慣れてるよ、と言いたそうに頭を掻く。

「…惺…」
ミス・スメラギが呼んだ。
「ん」と惺が答えると、彼女に向かって両手を広げる。

「どれくらい貴女を見てきたと思ってるのよ。バレバレなんだから」
惺は目を見開いた。
ミス・スメラギは微笑む。

「……おいで。」

「…―――っ!!!!」

惺は迷わずミス・スメラギの胸に飛び込んだ。
微かに啜り泣く声が聞こえる。


「実はこの子、ハグが大好きなの」
ミス・スメラギは俺に向かって微笑んだ。

「へぇ、じゃあ今度是非実践しなきゃな」



2011.02.02
2012.12.17修正



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