おれは動けなかった。
目の前の光景に頭がついていかなかった。
目の前の彼女は、確かにおれが殺した愛しい彼女。なのにどうして生きている。
彼女の目を抉り、自らの左目として移植したのに。此処に、彼女の瞳があると言うのに、どうして彼女には左目があるんだ。その瞳で、おれを見下すなんて、前はしなかっただろう?
何時だって、“惺”は笑っていた。
虚像だったとしても、偽りの上に成り立った関係だったとしても、
『月が綺麗ですね』
彼女はおれを愛していたはず。
なのに、どうして。
銃をおれに向けているんだ。
(あの時でさえ、向けてなかったのに)

「惺……」
おれの口からは情けない声が出てきた。ロックオンは状況が飲み込めなくて動けずにいる。
「惺…」
再び呟いた。予想以上に掠れた声。
彼女が愛しいのか怖いのか分からない。ただ、体が戦慄く。
すると彼女はニッコリ微笑んだ。

「久しぶりね惺・夏端月――私の名を語る罪人」

息が出来ない。
これは彼女じゃない。
あの彼女は、こんなに冷淡ではなかった。
「お前は…誰なんだ…」
ここでロックオンも異変に気付いたようだった。おれを庇うように前に進み出る。
「お前は――おれが殺したはず……」
一瞬だけ空気が固まった。
その空気を感じ取ったロックオン。横で「まさか、例の彼女が…」と問う。悪いが、ロックオンの問いに答えられる程の余裕が無い。
目の前に立ちはだかる彼女は、おれの動揺した表情を満足げに見詰めながら言い放った。
「そう、私は殺された。貴女にね。だけどそれは私であって私ではない。殺されたのはオリジナル。言わば私はその子孫」
「意味がわからな…」
おれは混乱で顔を歪める。
吐き気がする。気持ち悪い。
(もしかして、)
頭の中にはある考えが浮かび上がる。

人類最大の禁忌。

彼女は再び口角を吊り上げた。


「そう。私は……夏端月惺の遺伝子から造られたクローン。製造番号0130。惺・夏端月……いえ、“   ”、貴女を殺す為に造られたのよ」

「……………っ!!!!」
(そん、な、)
心臓が煩い。
今なら死んでも構わないとさえ思った。
こんな仕打ち、あって堪るか。
これは、彼女の命と引き換えに生き長らえて来たおれに対する罰なのか。
再び、彼女と敵対し合うだなんて。
こんな仕打ち、誰も望んでいない。
「どうして…っ!どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてっ」
おれの頭は混乱する。だのに彼女はニコニコと微笑んでいる。
「苦しい?予想外だった?私が此処にいるのが」
「どうして、だよ、惺…!」
おれの情けない程に悲痛な叫びが辺りに谺した。見ていられなくなったロックオンが、おれの肩を掴んで落ち着かせる。
「惺!」と。
分かっている。でも無理なんだ。
愛していた彼女が、おれを拒絶するから。
おれの心臓は握り潰されそうな程に苦しくて。
「貴女は数年前に地雷で身体の半分近くを失った。そして生き延びる為に、義手義足を使って…それだけではなく、内臓も機械にすり替えて……あの時の貴女は見るに耐えなかったわ。まるで人形のよう。でもね、それは関係ないの。問題なのは貴女の身体」
「おれの、身体…」
「貴女の身体を改造してくれたドクターがね、最新兵器の開発をしていたのよ。だけどね、余りにも危険だと判断したドクターがその情報を詰め込んだチップを何処かに隠した」
彼女が言葉を紡ぐ。嫌な予感が止まらない。どうか夢であってほしいと切に願った。夢だと誰か言ってくれ。早く、覚めて。この悪夢から、覚めて。
しかし、現実は、残酷で。



「貴女の左肺―――そこにチップが埋め込まれてるのよ」



おれを地獄から救い出してはくれなかった。
罪人に差し伸べる手はないと。
地の底に落とされた。
「…――だから、対貴女用に私が造られた」
どうしておれは、殺した愛しい彼女と向き合っているのだろうか。
どうしておれは、その彼女から銃口を向けられているのだろうか。
どうしておれは、身体が震えているのだろうか。
どうしておれは―――…
(惺、)
(殺した彼女から殺されるならば、本望だろう?)
(違うか?)
「おれは、」
「……死ね」
その科白と共に放たれる銃弾。威嚇で一発。おれの足元の石が爆ぜる。
「惺!」
ロックオンが叫ぶ。おれの左手を掴んで。
「彼女は本人じゃない!騙されるな!」
「そんなの、分かっ、てる…!」
おれはロックオンを睨み付けた。情けなく涙が溢れ出す。まだ彼女と戦う気持ちの整理が出来てないんだ。再び彼女を、殺める覚悟が出来てないんだ。
(分かっているんだ。)
彼女は、おれの愛した夏端月惺ではないということ。
それなのに、
こんなにも、
苦しいなんて。

「おれは…“惺”を愛して…っ」

ロックオンは、再び叫んだ。
「しっかりしろ!!!!惺・夏端月!!!!!」
おれはそれにハッとした。
目の前にいるロックオンの瞳は、おれの愛していた¨惺¨の眼差しと瓜二つで。
色も、大きさも、全然違うのに。
その眼差しは、確かに彼女と一緒だった。
真っ直ぐな瞳。おれの、大嫌いで大好きな、瞳。
その瞳に、縋るように。彼ならば、地獄にも光を与えてくれるのではないか、と。
掠れた声で、彼を呼ぶ。
「ロック、オン、」

…―――たすけて。

その刹那、世界がセピアに染まり、おれの体内から鮮血が舞う。
「…―――っ!!!!」
一瞬遅れて、発砲音が鼓膜に響く。
久しぶりに感じた痛みだった。
精神的にも、肉体的にも。
「…――惺ッ!」
ロックオンがおれを掴む。
「逃げるぞ!」
「………………………っ」
おれは何も喋れなかった。ただ、脇腹がじんじんと熱い。サイボーグだと言っても、所詮は半分。生身の部分に当たれば痛いのは当たり前。死ぬのも当たり前。
必死になっておれを引っ張るロックオン。その横顔を何処か冷静に見詰めていた。
脇腹の傷口からボタボタと滴る赤い液体。
懐かしい戦場の匂い。
涙が止まらない。

「…おれは…、どうすれば、」


…――苦しくて、仕方無い。




2011.01.31
2012.12.14修正



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