「……なんか…変だ」
おれは思わず呟いた。
場所は王留美の別荘にて。時はガンダムマイスター大集合な昼。
テーブルに置かれている洋食を優雅に食するマイスター達。それに比べて少し離れた場所で、椅子の背凭れに座るという、不良さながらの格好でランチタイムを送る惺・夏端月ことおれ。皆のように洋食を優雅に食べるのが嫌だったから、一人だけ哀愁を漂わせながら海老カツパンを頬張る。おれの周りだけ男子校な雰囲気。
さて、話を戻そう。
先程の「変だ」という発言についてだが、最近妙に胸騒ぎがするのだ。
なんと言うか何かが迫ってきているような。何かを見落としているような。
ただの勘違いだったら良いんだが。
「………………………」
無言でパンを口へ運ぶ。
(うん、美味い)

…――今日も何時ものように過ぎ去りますように。

しかし、おれの願いは空気に混じって消えた。







「なあ、惺、このあと空いてるか?」
ロックオンの凛とした声が、その場に響き渡った。マイスター達はその科白に振り返ってそれぞれの反応を示す。おれは例の如く無言。
「ロックオン、惺の予定を訊いてどうするつもりなんだい?」
アレルヤが彼に問うた。
「野暮な事を聞くな〜、アレルヤも。デートだよ、デート」
(…まじかよ)
大して重要でない内容だった。仲良しごっこならおれはお断り。
自分の人間嫌いが徐々に改善されてきているとは気付いていた。だが、そんなに直ぐに皆やこの世界に溶け込めるかと言えば、答えはNO。酷いとは分かるけど、正直にそう思ったんだ。仕方無い。
ロックオンはおれを見詰めた。
「空いてるよな?」
「はあ、」と溜め息。ロックオンの目線は此方から離れない。
「惺…」
「おれは……」
行かない。
その科白が出なかった。
優しいその瞳。
おれは何時だってその瞳の前では無力だった。
(…あー、もう負けたよ)
じと、とロックオンを睨み付けると、してやったりな顔でおれを見下ろす。
「…大っ嫌い」
「どういたしまして、惺ちゃん」
そう言って、苺の飴を差し出すロックオン。
おれが、好きだと知って、わざと。
そんな彼の優しさが苦手だ。
彼の優しさはおれを弱くする。
おれの憎しみも苦しみも孤独も何もかも、鋭く察して笑顔で包み込んでくる。
弱くする。ロックオンの優しさは。
あの頃から、独りで生きていくと誓ったのに。本気で信じ合える人間なんか要らないと思っていたのに。
怖くなる。

お願いだから、そんなに優しく触れないでくれ。
ロックオンの瞳の奥に、今は亡き愛しい彼女の影を見付けた気がして――ちょっと泣きたくなった事実が許せなくて。
ぐっと拳を握る。

「惺、あーん」
「……誰がやるか。」

(もう、考えたくない…)
ロックオンの事も。何もかも。







おれ達は明確な目的地もないまま街中を彷徨っていた。
でかすぎるデパートを通りすぎ、おれはひっそりと嘆息した。
(ロックオンはいったい何をしたかったんだ…?)
過去にも、このような事があった。あの時は、スメラギさんからのミッションで彼と二人で地上を歩き回った。当時は気付かなかったが、あれは恐らく、ソレスタルビーイングに入ったばかりで孤立していたおれとマイスター達を仲良くさせる為に仕組んだものだ。
今回もその類いだろうか。しかし、ロックオンの表情が何処か楽しげだ。
あの時のように、ミッションではなさそうだ。
「…なあ、何すんの?」
おれは訊ねた。
ロックオンは一瞬目を見開くと、次の瞬間には不機嫌な顔になった。
「デートって言っただろ」
(あれは本気だったのか)
眉間に皺を刻む。
彼の言葉を疑ってしまう自分が居る。
「惺は、デートは初めてか?」
「……。」
記憶を覚えていない、と正直に答えるべきか迷った。
だが、どっちにしろ、グラハムと数回デートに似た行為をしているから、初めてではないのか。
「惺、もしかして、お前…」
ロックオンが詰め寄る。しかし、続くはずだった科白は突如、不自然なところで切断された。
何故ならば、目の前で爆発音が轟き、石が飛散してきたからだ。

「な、なんだ!」
ロックオンがおれの手を引き、抱き寄せる。降り掛かる石や、向こうから押し寄せる群衆から、おれを守るように。
寒気がする。
嫌な予感がする。
「ロック、オン」
思わず彼を呼んだ。
怖い。おれの直感は云っていた。
その先を、見てはいけないと。
その先を見てしまったら、もう戻れないと。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ―――本能が告げる。
しかし、脳とは違って、脚は動く訳でもなくただ固まっていた。

そして、おれの瞳は、有り得ない光景を。


崩れ落ちる建物の壁、
その瓦礫の間から現れる人影
それは、
おれの知っている、
金髪、
おれの左目と同じ、
碧い瞳。


「…ど…して…」




愛しい、“彼女”が。




おれの混乱を見透かしたように微笑む、愛しい彼女。死んだはずの彼女。
にやっと口角を吊り上げる。
その唇が静かに紡ぐ。
癒えつつあった傷口を深く抉るように。
その呪いを、再び。



「また逢えたわね、“   ”」



おれの世界が、

一瞬にして、

死んだ。




2011.01.21
2012.12.13修正



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