アレルヤの一件が落ち着き、マイスター達は空いた時間をバラバラに過ごしていた。
隠れ家に戻った奴もいれば(=刹那)、王留美の別荘にいる奴もいるし(=色々)、そのまま何処かに行ってしまった奴もいる(=ロックオン)。
そんな中、おれ――惺は米国の隠れ家の近くにある橋の上でぼーっとしていた。今日は一人だけで何も考えずにぼーっとしていたかった。
橋の下でゆらゆらと揺らめく川の水面。その反射している光を目で追う。その向こうに、おれの探している何かがありそうな気がした。だけど、見付からない。
おれの求めているものは、何時もおれの指を擦り抜けていく。
「はぁ…」と嘆息。
瞼を閉じれば金髪碧眼の彼女が思い浮かぶ。
水面に手を伸ばす。
おれの罪は無くならない。
「……愛してたんだ、本気で…」
今は亡きその人物に、自然と甘い言葉が溢れ出た。責めるようなその科白。どうして、どうして。
おれの人生は「どうして」ばかりだ。
その刹那、
「誰を?」
「…――――っ!!!!」
低い声がおれの耳許で響き渡った。振り向くと、金髪が目に入る。想いを馳せていた金髪ではなく、別の金髪。
突然の事に、おれは目を見開き、咄嗟に飛び退いた。
「グラハム…またお前か…」
何時もならば、気配で分かると言うのに。戦場だったら死んでいた。
グラハムはおれがあまりにもオーバーなリアクションをした為、僅かに驚いた顔をしながら「ああ、すまない」と謝った。
「…何でお前とよく会うんだよ」
「私も不思議でたまらん。愛の力か?」
「煩い。」
グラハムは何時も変なタイミングで現れる。それは決まっておれの調子が悪い時。謀っているのか、と疑う程。
「なあ、惺、先程の科白は誰に向けて言ったのだ?」
豹みたいだ、と、おれは思った。折角話を逸らせたと思ったのに、しつこく噛み付いてくる。
おれは嘆息した。そして何かを答えるでもなく、無言を選んだ。
今、何かを言えば危険だと判断した結果だ。
「…………………。」
「答えられないのか?」
「…………………。」
「黙秘を貫くか」
彼は眉間に皺を刻んで話続けた。
「私に教えてくれないのか?」
「…お前仮にも敵だろ」
「しかし君を愛してる」
「……馬鹿らし…」
おれは冷静に返した。敵に恋慕の情を抱くなんて、おかしな奴だ。
呆れた顔で見つめると、「君が好きだから、君の全てが知りたいのだ」と真面目に返された。
「そんな理由では、君に近付く事は許されないのか?」
おれはそのグラハムの瞳が苦手だ。
真っ直ぐで、汚れの無い瞳。
その瞳を絶望で染め上げてやろうとしたのに、彼は未だに真っ直ぐな瞳でおれを見詰める。
(ゲームは続いている)
が、
このまま秘密にしていたら、何時まで経ってもグラハムは引かないのではないか――そんな考えに至ったら、もう諦めた。
今日何度目か分からない溜め息をつくと、腹を括って「おれは……」と話し始めた。
「…――おれはこの世界が大嫌いだ」
グラハムが現れる前のように、再び川の水面に視線を戻した。グラハムにではなく、独り言をこぼすかのように。彼は何も言わずにただ静かに聞いてくれていた。
「この世界は、おれから何もかも奪った……何もかも……」
思い出したら寂しくなってきた。
「おれの身体が半分サイボーグだってことは、お前も気付いてたんだろ」
疑問形ではなく、断定で告げた。
そんなおれの科白に、グラハムの纏っている空気が一瞬揺らぐのを感じ取った。
「身体を地雷で失った」
「………………………………」
しん、と重い沈黙がやってきた。
「愛しい人も、失った。この汚れきった世界に染められた愛しい人を、おれが殺した」
おれはここで初めてグラハムの瞳を見つめた。「…惺」と呟く彼の瞳は、不安定に揺れていた。
(…――なんて、脆い。だけど、強い)
「酷い人間だろう。愛した人を殺せたんだ。この指先が、トリガーを引いたんだ」
そこで、訊ねよう。
(グラハム、お前に気付けるか。)
おれの仕掛けたトリックに。
「…おれは思う。その人間を殺せたと言う事は、所詮その程度の想いしか無かったと言うこと。違うか?」
一瞬、この世界の絶望がおれを迎えに来た気がした。
何も返す事が出来ずに固まるグラハム。その瞳は真っ直ぐにおれの胸に突き刺さる。
切ない思いを掻き消すかのように、おれは強い眼差しで「だから、」と科白を続けた。
「…愛してる、なんて、嘘だ。」
(嘘じゃない。)
その嘘に、気付かないで。
その虚勢を、見抜かないで。
愛していた。だからこそ、おれを裏切った彼女を許せなかったんだ。
『…――綺麗な“惺”の侭で、おれが愛した“惺”の侭で、死んでくれ。』
その、無垢で残酷な願いと共に。
丸裸なおれの心に、触れないでくれ、と。
―――沈黙。
おれはまた川に視線を向けた。
幸いな事に、おれの吐いた嘘をグラハムは見抜くことはなかった。それに僅かながらに安堵すると、途端に何故か喉が渇いてきた。
「…なぁ、コーラが飲みたい」
「いきなり何だと思ったら…。全く、君は予想出来ない」
「…………………。」
「まぁ、ちょうど私も喉が渇いていたんだ。奢ってあげよう」
おれは静かに「どうも」と呟いた。
グラハムは、おれの頭をポンポンと叩いた後に「待っていろ」と告げて飲み物を買いに行ってしまった。
(ガキ扱いするなっつーの…)
沸き出た妙な敗北感に、落ち着かなくなった手は再び水面に伸ばされた。
「…嘘つきは泥棒の始まり…。テロリストだけじゃなく、泥棒にまでなってしまった…」
自分で言っておきながら意味不明なその科白に、ゆっくりと自嘲した。
●●●
惺と街で会えたのは実にラッキーだった。しばらく会っていなかったし、ちょうど会いたいと思っていた時に彼女がいた。
しかし、こっそりと近付いた時に聞こえた愛の囁きに、私は身を固くした―――明らかに私ではない誰かに向けて囁いた言葉だったから。
気になった私は惺を問いた質した。観念した惺は過去の事について話してくれた。
そういえば、彼女のことを聞くのは初めてだな、と頭の片隅で考える。
彼女の瞳はそんな関係無い考えを巡らせている私を咎めるように真っ直ぐに突き刺さった。
重すぎる過去だった。
「だから、」と紡がれた科白は、あまりにも残酷過ぎる科白だった。
惺の言葉達は私の心臓を貫いて悲しくさせる。
ガンダムマイスターでも、彼女は一人の人間だったのだ。
人の痛みを理解し、傷付け傷付く苦しみを知っている。優しい女性だ。私はそんな彼女を愛おしく思うと同時に、大切にしなければならないと直観した。
テロリストである彼女は、強そうに見えて、実はとても弱い女性だった。
コーラを両手に惺のもとへと戻る。
あと少しの距離。
彼女は暇そうに川を眺めている。
何をやっても様になるな、と思うと同時に、ああ、早く行かなくては、と言う思いも生まれる。
しかし、次の瞬間、世界はスローモーションになった。
惺が、
橋から飛び降りた。
…――バシャーンッ!!!!
と、派手な水音が響き渡った。
私はコーラを投げ捨てて橋へと駆け寄った。
「惺ッ!!!!!!」
そこから川を覗き見る。高くはないが、低くもない。
彼女は、惺は大丈夫だろうか。
(どうして、川なんかに、飛び込んで…!)
助けを呼ぼうと思ったが、待てよ、と思い留まる。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターなのだから、それなりの訓練もしているだろうしすぐに浮かび上がって来るのではないか。
(彼女は強い。それはよく知っているから)
しかし、予想に反して中々上がって来ない惺。
その瞬間、私の頭にある科白が過る。
『おれの身体が半分サイボーグだってことは、お前も気付いてたんだろ』
一瞬、心臓が止まった。
彼女は泳げないのだ。沈んでしまうのだ。
「…――惺っ!!!!」
焦った叫びの後、バシャーン!と再び水音が響き渡った。
(どうか、無事で…!!)
2011.01.10
2012.12.11修正
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