人革連のスペースコロニー“全球”から少し距離をおいたポイントで、プトレマイオスは二機のガンダムの帰艦を待っていた。
アレルヤのやるべき事は終わり、間もなくミッション終了予定時刻だった。
「光学カメラがキュリオスとヴァーチェを捕捉しました」と、オペレーター席でモニターを覗いていたクリスティナが報告の声をあげると、モニターに両機の機影が映し出された。
「ミッション終了」とフェルトが続く。スメラギはほっと胸を撫で下ろした。
次の瞬間、荒々しい音が響き渡った。
一斉に振り向く一同。その視線の先には、何故か焦った様子の惺―――本来ならば刹那とロックオンと一緒に別のミッションへ行く予定だったが、ガンダムベリアルが不調だったためにプトレマイオスに急遽残ることになったのだ。
惺は、そのままみんなの視線を一気に浴びながらスメラギのもとへと移動した。
「スメラギさんっ、アレルヤとティエリアが人革連に…!?」
スメラギは今更になって事態に気付いた惺に、微笑みを浮かべると、「そうよ」と軽く告げた。彼女にしては、気付くのが遅かったわね、と不謹慎にも考える。惺の瞳は驚きによって見開かれる。
「今、終わったところよ。あ、クリスティナ、手はず通りに超人機関の情報をマスコミにリークして」
「了解しました」
「お、終わった…!?おれ、何も知らな…!」
ポーカーフェイスすら忘れ、焦った様子で問い詰める惺。その場にいた一同は、珍しいな、と思いながらも作業に取り掛かる。
「アレルヤのこと、何で教えてくれなかったんだよ!」
「貴女に教える必要無いでしょ?貴女だって教えてくれなかったじゃない」
スメラギが取り乱した惺に言い返す。怒っているのではなく、ふざけた調子で。惺は何も言えなくてスメラギを睨み付けたまま口を閉じた。
不意に訪れた沈黙を遮るように、ラッセが言った。
「にしても、人革連による兵士の人体改造か……」
「いやぁ、大スキャンダルっすよねぇ」
ラッセに続いてリヒテンダールが面白がって言い放つ。余りにも不謹慎なその科白に、スメラギが「やめなさい!」と叫ぼうとした瞬間、空気が揺らぐのを感じた。そして、この場では一番有り得ない人物――惺が、リヒテンダールに怒鳴っていた。

「…――やめろ!」

再び訪れた沈黙に、頭痛に似た何かを覚える一同。まさか、惺が叫ぼうとは誰も予想していなかった。
リヒテンダールは咄嗟に「ご、ごめん…」と呟いていた。しかし惺の瞳の奥には未だに憤怒の念が揺らめいている。
「……っ自分の身体を弄られる苦しみを知らないくせに……!!!」
その瞳は、もはやリヒテンダールではなく、その向こうにある自らの影に怒りを向けていた。

「痛みを…知らないくせに…っ!!!生きていく苦しみをっ、知らないくせに…っ!!!!皆…、皆…!!!知らないくせに!!!!」

「惺!」
スメラギの制止で惺は我に返った。
自分のしたことが信じられなくて、「お、おれ…」と混乱を隠せないまま言葉を紡ぐ。
動揺した彼女に、スメラギはゆっくりと近寄る。そして、優しく抱き締めた。
「…スメラギ、さん…っ!」
背徳感と恐怖感が同時に押し寄せる。縋るように、スメラギの胸に身体を預ける。
「大丈夫、もう終わったのよ…アレルヤも……、貴女も」
「……………っ!」
優しく頭を撫でると、惺は身体を震わせた。もしかしたら泣いているのかもしれないと誰もが思った。そして、無表情で無情だと思っていた彼女のこんな惨めな姿は、もう見たくはない、と。

スメラギは思う―――この子は変わってきている。確実に。
ソレスタルビーイングに来たばかりのあの頃のような、何にも無関心なサイボーグではなく、ちゃんとした、心を持った人間なのだと。
彼女はもはや唯一無二の存在と成っていた。無意識に人の心を癒し、知らないうちに皆の支えになっていた。
誰もが彼女を思う。
悲しみに愛された彼女を。
彼女の支えになりたい―――ソレスタルビーイングに引き入れた時に、そう決心したではないか。
スメラギは一人思う。まだ震えている彼女を抱き締めて。


「惺…もう、大丈夫だから…」


言葉は、返って来なかった。







「どうしたの、アレルヤ?また何か新しい作戦でも立案した?」
デスクチェアに身を沈めていたスメラギが、振り返りもせずに訊いた。その手にはアルコールの入ったグラスが握られている。
「……なに?何か話があって来たんでしょ?」とスメラギが先を促す。
「……スメラギさん」
「なに?」
「よかったら、僕にも一杯もらえませんか」
「なんで?」
「……ひどく、そういう気分なんです…」
アレルヤは告げた。何故だろうか、惺の酷く悲しげな顔が浮かんだ。
「未成年はダメよ。犯罪者になっちゃうもの」
スメラギの矛盾した言葉に、アレルヤは苦笑するように「僕らは希代のテロリストですよ?」と言った。
「それでもダメなものはダメ」
「それが、もういいんです」
「……え?」
アレルヤは微笑を浮かべた。
「グリニッジ標準時間で、つい先程二十歳になりましたから」
「そうなの……?」
「ええ」
「そっか……」
スメラギはグラスを置いて椅子から立ち上がり、備え付けの冷蔵庫から冷えたグラスをとりだした。
それに氷を入れ、飲んでいた銘柄のバーボンを注ぎ、アレルヤに差し出す。アレルヤは静かにそのグラスを受け取った。
「こんな時に言うのもヘンだけど…おめでと」
「ありがとうございます」
アレルヤはスメラギを見た後、迷うように視線を泳がせていたが、やがて伏し目がちに顔を俯かせて、ゆっくりと口を開いた。
「…僕、とても怖かったんです。同類を殺しているとき、とても痛くて辛かった。脳量子波の干渉で、同類が死んでいくのがわかったんです。一つ一つの頭の痛みが消えて、一つ一つ声が消えていく。死を悟った瞬間の、その恐怖が伝わってきて、それがブツンと消えるんです。まるでスイッチを切ったみたいに、ブツンブツンと消えていくんです。ああ死んでいくんだ、僕が殺してるんだ、って思いました。……それが、とても怖くて痛くて辛かった」
スメラギは「うん」と頷く。そして言った。
「でも、貴方はちゃんとやり遂げたのよ」
アレルヤは苦笑いした。
「違うんです。あれは……何て言うか、ハレルヤに背中を押されて……というか、突き飛ばされて、それでトリガーを引いたんです。それに…もうひとつ、声が聞こえたから……。でもそれを僕は他人のせいにはしたくない。だから僕は、僕の意思でトリガーを引いたと思っています」
「それは間違いではないわ」
「…僕は安心していたんです。同類たちの命と一緒に、僕の過去が消えていくような気がして。僕の中の忌まわしい過去と、忌まわしい記憶が…」
アレルヤは自嘲した――彼女――惺の真っ直ぐな瞳を思い出した。彼女は過去と向き合おうと苦しんでいる――自らの犯した罪を受け入れようと。
『君は…凄いよ』
あの時、彼女に告げた科白は嘘ではなかった。僕は彼女のように強くなりたかった。
「酷い人間ですよね、過去なんて消せるはずないのに。他人の命を犠牲にして過去を清算しようだなんて…」
「そうね、酷い人間だわ――だって、私たちは希代のテロリストだもの」
アレルヤはポカンとした。そして苦笑する。
「それを今使いますか?」
「今使うの。それが大人ってものよ」
「そういうものですか……」
「そういうものよ。あなたにもそのうちわかるわ、きっとね」
スメラギの科白を聞いたあと、アレルヤはグラスに視線を向けると、一口含んだ。

「なぜ、このような苦いものを…」

「……そのうちわかるわ、きっとね」



『…――なあ…、少しだけ…触れてもいいか?』




不意に、彼女の声が聞こえた気がした。



2011.01.09
2012.12.10修正



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