彼女の――惺の、
怯えたあの表情が脳裏から離れない。
「おれは強い」とひたすら呪いのように呟く彼女の瞳は、何時もの余裕綽々な眼差しなど全く無かった。
在るのは恐怖のみ。
どうして俺は気付けなかったのだろう。
(そうだ、考えれば分かる事だったのに)
今まで世界や“夏端月惺”を憎んで生きてきたのに、それが突然覆されたのだ。
彼女は何を考えたのだろう。何を思ったのだろう。
優しい彼女の事だから、きっと心を痛めただろう。
愛した女性を殺め、世界を破壊に導く為に生きた事を悔いただろう。

憎い。だけども愛しくて堪らない。
殺めてしまった。だけど許して欲しい。

そんな、混乱の中でガンダムに乗って出撃した彼女。
戦場に出れただけでも拍手をおくるべきなのに、彼女を追い詰めるかのように責めてしまった。
今でも焼き付いて離れない。
トリガーを、泣きそうな瞳で睨み付けるその姿。
(俺は…どうすれば良いのだろうか…)
その瞳に、憎しみ以外のものが映し出されていたのだと、気付いたのは何時だったか。
彼女が笑えなかったのは、憎かったからではなく、怖かったのだと、気付いたのは何時だったか。
何時だって、俺は遅すぎる。
(会いに行こう。惺に)
パイロットスーツのまま、足は彼女の元へと歩く。
部屋に居るだろうか、と彼女の部屋に向かう。しかし、丁度、角を曲がった瞬間、前方に歩く彼女を発見した。まだパイロットスーツのままだ。もしかして今まで何かやっていたのだろうか。
「惺!」
半ば無意識に彼女を呼んだ。
惺は歩くのを止め、俺を振り返る。そして「今度はお前か、ロックオン」と言った。
「今度は?」
「いや、こっちの話」
惺は俺を見上げ、「気にするな」と告げる。

「…あのさ、惺」
「ん?」
見上げる瞳。しかし、呼んだ後に思った。
俺は、彼女に何を言おうとしていたのだろうか。何を言うつもりだったのだろうか。
「………。」
「………。」
沈黙。
見詰め合う俺達。
俺は、言葉を探す。
彼女の傷を癒すような、彼女の気持ちを安心させるような。
言葉を。


だけど、


見付からなかった。



(…――ああ、そうか。)
俺は、惺を抱き締めた。
言葉にする必要など無い。
俺は此処に居る。
お前の目の前に。
お前は独りじゃない。
この温もりが、証拠なんだ。
伝わってくれ、お願い。


惺は俺を見上げた。
困ったような微笑で、


「伝わってるよ、ロックオン」


その言葉に、俺の心は救われるんだ。
彼女を助けるつもりが、結局は、俺が彼女に助けられているのだと、温もりは俺をひたすらに責めた。







アレルヤはスメラギの自室の前にいた。全ては自分のような苦しみをもう繰り返さない為に。
アレルヤの決心は固かった。

(それに、惺の為にも…)
アレルヤは思い出す。
それは何時ぞやの会話。

『…――アレルヤ、なんか…考え事でもあるのか?』
『…そう見える?』
『まあ…』
『君は…凄いよ』
『……何処が。』
『自分では分からないものだよ』
『………。』
『僕は…惺みたいになりたい』
『………。』
『惺?』
『…おれは…弱い。違うんだよ、アレルヤ』
『惺は弱くないよ。僕から見れば…十分強いよ。惺はちゃんと向き合おうとしてる。自分と…』
『……アレルヤ…』

『おれは…世界を壊そうとしていた…』

『傷付きたくなくて…全て壊そうとしたんだ…。そんな、弱い…自分が…』

『お前の方が…断然強いじゃないか』

『そうかな?』

『ああ。』

『…――なあ…アレルヤ、』



『…――少しだけ…触れてもいいか?』



『勿論だよ。』




『……温かい、な…』





以前の彼女の瞳は、あんなに憂愁を燈していたか。
前までは感情どころか言葉すら発しない、ロボットのような人間だった。その奥が見えない闇だけの瞳が、とてつもなく怖く感じた。
この子は、世界を壊してしまうのではないか――と。
事実、アレルヤの考えは半分近く当たっていて、彼女は戦争根絶の為にガンダムに乗っていたのではなく、自らを苦しめた人間に制裁を下す為だった。

だけど、
彼女は――惺は、ただ失うのが、傷付くのが、怖かっただけなんだとアレルヤは気付いていた。
これ以上失いたくないから、傷付きたくないから、その前に全てを消してしまおうと。
その証拠に、惺はこんなにも僕達を思ってくれている、と気付いていた。
こんなにも彼女の瞳が悲しい。

悲しいのは、彼女が生きている証。
(もう、誰も傷付かせはしない。)

だから、


先ずは、この歪んだ世界を生み出している元凶を潰そう。
これ以上、僕や彼女のような悲しみを背負う人が生まれないように。
(そして、平和な世界で皆が…惺が笑えるように…)

アレルヤは苦笑し、スメラギの部屋のドアをノックした。



2010.11.25
2012.12.09修正



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