あれから暫くして、漸く落ち着いてコックピットから出て来れた。しかし手の震えだけは止まらない。おまけに先程強く打ち付けたせいで義手の調子が悪い。
また一本無駄にしてしまっただろうか。この義手は構造にやや問題が有るよう。だが、最先端の技術を詰め込んでいるのだから文句は言えない。
思わず下唇を噛む。
何もかも上手くいかない。
すると、ちょうど目の前にある人物を発見した。何時もなら話し掛けることなく通り過ぎるのだが、おれは何と無く一人になりたくなくて、その背中に呼び掛けた。
「刹那…!」
その人物――刹那は、おれの声にゆっくりと振り返った。
「惺か」
「うん…」
刹那に近寄る。それだけで何故か安心感に似た何かを覚える。それを掻き消すように頭を振った後、「さっきさ…」と続けた。
「“悪くない、過去と戦え”って言ってくれて…嬉しかった。安心した…」
あの時、確かに勇気を貰ったんだ。
闇の中でぐちゃぐちゃに壊れかけたおれに、光の中から手を差し伸べるかのように。
おれは、あの言葉に救われた気がしたんだ。
「おれは…弱いから…」
半ば自嘲の混じったその言葉に、刹那はおれを見詰めた。
「俺にしてみれば、お前は充分強い。ガンダムになろうともがいている俺に比べれば、泣き言も洩らさず一人で頑張っているお前の姿は強い」
おれは眉間に皺を刻んだ。
「そう、か…?」
思わぬ言葉だった。
刹那が思う程、おれはそんなに強くない。
こんなにも、浅ましく力を欲していると言うのに。
じっと彼の瞳を見詰める。
刹那は静かにおれに告げた。
「何時だったか…」
「…」
「この世界に神などいない、と言い放った俺に、お前は何て答えたか覚えているか?」
おれは彼との会話を思い出す。
あれは、彼がソレスタルビーイングに来て間もない頃だった。


『…―――おれが、神に成る。』

『争いの無い、真っ白な世界を、おれが、創る。』

『哀しみは、これ以上要らない。』


そんな科白だった。
何て事を言ったのだろう、と思うと同時に刹那の声。
「そう思える時点で、お前は十分強い。惺」
「……。」
思わず口を閉ざした。刹那はそんなおれを見詰め、「何を悩んでいるのか知らないが、」と続ける。
「お前なら、大丈夫な気がする」
「気がする、って…」
適当だな。
刹那は微笑んだ。

「……惺?刹那?」
その時、不意に呼ばれた名前。
振り返ると、おれ達同様パイロットスーツを纏ったままのティエリアの姿。
「お疲れ」と一言。
ティエリアは「ああ」と言いながら此方に近付いて来る。
「…惺、俺は行くぞ」
「ああ。ありがとう刹那」
きっとおれが一人になりたくなかったのに気付いていたのだ。ティエリアが来てくれる迄共に居てくれた彼の優しさに、僅かに心を温かくしながら、ティエリアに向き直る。
「彼と何を話していたんだ…?」
「大した話じゃない」
そう答えて彼を見詰める。その瞳は何処か悲しげで憂いを帯びている。
「……ティエリア」
おれの言葉は、空気に溶け込んで消えた。
お互い無言のまま、何れくらいの時が過ぎたのだろうか。
不意にティエリアが顔を上げた。

「…僕は…ナドレを…」

ただ、その言葉だけ、ポツリと吐き出された。
「…ティエリアが悩んでいるこんな時に不謹慎だと思うが…」
ティエリアはおれを見詰めた。彼の瞳に映るおれの瞳。漆黒と紺碧。罪の色。
「計画が歪んでしまっても、お前が生きていてくれて、良かったと思う。」
彼の瞳が、大きく見開かれた。
「君は怖くないのか?」
ティエリアの唇からはそんな言葉が紡がれた。おれは視線を宙に彷徨わせる。
「怖くない、のか…?」
きっと、彼はおれの過去の事に気付いていて敢えて問うているのだ。そして、その答えが、今後の彼を左右するだろうと、おれは気付いていた。

深呼吸。

おれはティエリアに、答えをぶつけた。
「怖いさ」と、はっきりと。
予想外だったのだろう。その言葉に、ティエリアは一瞬だけ固まった。
「怖いよ、ティエリア」
再び言った。おれも同じだと。
お前と同じ、憂いを帯びた瞳を浮かべながらも仮面を貼り付け、心で泣き叫んでいるのだと。
おれは両手を伸ばしてティエリアの頬を包み込んだ。
「でも、」

「おれ達は、独りじゃないんだ。」

たった独りで全てを背負い、たった独りで生きて行こうと決意していたのに。
知りすぎてしまった。その温かさを。希望を。


「もう…独りじゃないと解ったから…おれは…進もうと思う」


ティエリアは、目を見開いた。
彼にも、その思いが伝わるように。おれは思いきって苦手な言葉に表してみる。
「お前も、独りじゃない。」
ティエリアは無言だ。
でも、何故か言いようのない安心感を覚えた。
「…大丈夫。気にするな」
再び微笑んだ。
おれは、今、強く見えるだろうか。
彼を、救える程の、力を持っているだろうか。
(その暗闇には、どうか気付かないで欲しい)


「…ティエリア、泣きそうな顔してる」

「まったく…君は…万死に値する…」


お互いに弱い心を必死で隠して傷口を舐め合う。
滑稽過ぎるその姿。
それでも、それが人間なのだと、誰かが囁いたから。




2010.10.16
2012.12.09修正



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