「敵さん、及び腰だ!」

一気呵成に攻撃してこない敵軍の動きに、砲撃担当のラッセ・アイオンはそう言った。操舵士のリヒテンダール・ツエーリも「この程度の攻撃ならGNフィールドで対応できるっすよ」と同意の言葉を述べる。
敵はガンダムの戦力に恐れて思い切った手が打てず、ガンダムの防衛布陣を前に突っ込んでくることが出来ない――プトレマイオスのクルー達の目にはそのように映った。しかし、戦術予報士のスメラギはこの状況を訝しんで見ていた。
(おかしい…)
まるで時間稼ぎをしているような――本艦攻撃が陽動で別に本当の狙いがあるような。そんな気がしてならない。
(陽動に陽動で応えて――さらに陽動する…?そういうことだったの!?)
スメラギはコンソールを叩いた。
(人革連…いいえ、セルゲイ・スミルノフの今回の作戦目的は、トレミーじゃない――ガンダムの鹵獲…!)

「わ、私の予想が外れたというの…!?そんな…もう間違わないと決めたのに…!!」

キュリオスとヴァーチェが戻ってくるはずの360秒はとうに過ぎていた。







それから暫くが経ち、戦闘が終了した頃だった。
プトレマイオスはコンテナにデュナメスを固定し、近くにエクシアとベリアルを引き連れながら航行していた。まだ戻って来ていないキュリオスとヴァーチェを捜索しているのだ。
「ヴァーチェを発見しました。モニターに出します」
鹵獲されていないことにホッと息をついたスメラギだったが、映し出されたヴァーチェの映像を見て、スメラギは目を瞑った。
ヴァーチェの外装パーツが浮遊している。そして頭部から長く赤いコード群を伸ばした痩身の人型を思わせる機体――ガンダムナドレだった。
「そう、ナドレを使ってしまったのね…ティエリア…」
(やってしまった――…)
「キュリオス、発見」
「……っ、」
キュリオスとヴァーチェの無事を確かめたスメラギは「あとお願いね」と席から離れ、ブリッジを出た。


「たまらないのよ、こういうの…!」
ダン、と通路の壁を拳で殴った。
戦術も上手くいかなかった。それに、惺が不安定だと分かっていながらも戦場に送り出した。
その結果がこれだ。
ティエリアにも、アレルヤにも、惺にも、深い傷を負わせてしまった。
「ほんと…どうしようもないわね、わたし…」
スメラギの瞳から涙の雫が飛散していった。







「………………………」
コックピット内は静寂に包まれていた。その中央には膝を抱えてうずくまる惺の姿があった。
(“惺”…)
…――手が、動かなかった。
今更になってトリガーが怖い。
今更になって過去が怖い。
惺はダンと腕を叩き付けた。右腕からガチャンと聞こえたが、そんなの関係ない。
「おれは…強い…」
瞳を閉じると、じわじわと涙が溢れ出してくる。徐々に「う…っ、うぇ…」と鳴咽がコックピット内に響き渡る。流れ落ちる涙をゴシゴシとパイロットスーツの袖で拭うその姿はまるで子供のようだった。
意に反してとめどなく溢れ出す涙。それを抑え切れなくて、だんだんと自分が惨めに感じてくる。
(痛みなんか、平気なはずなのに…!)
「う…、うぇ…!」
鳴咽は止まない。
今まで平気だったのに。
真実を知った途端にこうだ。
何て弱い人間なんだろうか。
今更、何をやったとしても、後悔したとしても、遅いと言うのに。

“彼女”は戻って来ない。

涙に溺れた先には愛しい¨彼女¨の姿が浮かぶ。笑った顔、怒った顔、拗ねた顔、たくさん浮かんでくる彼女の影に、惺は更に大きな声で泣いた。
「強く、成りたい…っ!!」

――自分は、こんなにも、弱くて醜い。




2010.10.09
2012.12.07修正



- 32 -


[*前] | [次#]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -