惺に出逢ったあの日の事は今でもはっきりと覚えている。

ガンダムの整備をしていた俺達マイスター。この時はまだ刹那が居なかったから、アレルヤとティエリアと俺の三人だった。
不意に『…皆、ちょっといい?』というミス・スメラギの声。
俺達は作業を一時中断して、その声の主に注目した。と、同時に視界に入った隣の人物――綺麗な黒髪。何故か男物のワイシャツとジーパン。そして、左目には眼帯。
『皆、聞いて。この子は、今日からガンダムベリアルのパイロットになる惺・夏端月よ』
『ちょっとスメラギさん…!女性じゃないですか…!』
『ええ、だけどパイロット基準値はクリアしてるわ。それに、あなた達に勝るとも劣らないわ』
『でも…』
アレルヤはまだ納得していないらしい。ミス・スメラギと彼女を交互に見比べる。その間もずっと無表情の惺・夏端月と紹介された彼女。
『彼女はヴェーダが選んだのですか』
『ええ、そうよ』
ティエリアの科白にも答えるミス・スメラギ。ティエリアは『なら構わないが』と呟くと外方を向いた。この時はまだ惺とティエリアがあんなに仲良くなるなんて思わなかったな、なんて不謹慎にも思う。
アレルヤ、ティエリア、と来て、ミス・スメラギの瞳は自然と俺に向いた。
ここはガンダムマイスターの年長として何か言うべきか、と目の前の彼女に向き直った。
『お嬢ちゃん、本気なのかい?』
惺は無言で俺を睨み付ける。この時、初めて目を合わせてくれた。左目は眼帯に隠れていたが、右目の漆黒に、全てを持っていかれたんだ。
『へぇ、随分クールな子なんだな』
俺は苦笑を浮かべた。
多分、この時にはもう手遅れだったのかも知れない。
今思えば一目惚れに近かった。惺と目が合った瞬間、俺の運命はきっと此処に在るんだと直感してしまった。
『マイスターになったからには、女も男も関係無い。それ相応の覚悟が必要だ。…君には出来るのか?』
惺が、目を細めた。

『…世界が醜いのはそこに蔓延る人間が醜いから。おれは、人間を許さない。』

『勿論、お前達もだ』と締め括った彼女に、『成る程な』と呟いた。
『これは厄介な奴だ…』
色んな意味で。
俺は再び苦笑いを浮かべた。
これから先、彼女に振り回される事になるな、と覚悟しながら。


『まあ…、世界を変えたいのには変わり無い……。よろしく、惺』


ゆっくりと、彼女に溺れていったんだ。




回想を終え、前を見据えた。
その先には、憎きアリー・アル・サーシェスの姿。
本当は、ずっと、惺の傍に居たい。
だけど、不器用な俺はこうする事しか出来なかった。
俺は今、愛する惺より復讐をとったと罵られても仕方無い行動をしようとしている。
(わかっていたんだよ)
惺が復讐など望んでいないこと。復讐で傷付いた彼女が、何よりも俺の復讐を止めたいと思っていたこと。
だけど、復讐を果たした彼女はわかっていたんだ。この俺のどうしようも無い憎しみを。
復讐は果たさなければ何時までも心を蝕んで離さない。逃げられない。
“本当は復讐なんてして欲しくない。だけど気持ちは痛い程わかる”―――そんな彼女の気持ちを利用し、その優しさに甘えているんだ俺は。
今ならまだ戻れる。
戻れるんだ。
復讐を止めるのならば、今だ。
だけど、


「復讐も何もかも投げ捨てて…!!!有りの侭で純粋な気持ちで惺を愛したいから!!!!」


復讐心と愛を同じ場所には置きたくない。
俺の心を一欠片も残さず惺で埋め尽くしたかったから。

復讐を果たして、
惺だけで此の心を満たしたい。


「生きて帰る…!!!俺はまだ惺と――――…」


瞼の裏で、惺が微笑んだ。









長い夢を見ていたようだった。
長い、長い、夢を。
夢の中で、愛しい人が静かに囁いたんだ。
「俺が居なくなっても…」
――居なくなっても?
そんな悲しい事、言わないでよ。
「俺が居なくなっても…笑ってくれよ…」
嫌だ。
共にいてくれると誓ったのはそっちだろう。
「ロックオン…」
お前が居なければ、おれは上手く笑えない。
それはお前が一番分かっているのに。意地悪しないでくれよ。頼むから。
「ロックオン…!!!」
離れていく彼の残像を掴もうと手を伸ばす。しかし、まるで蜃気楼のようにおれの手は空を切った。
冷たい指先が憂いに触れる。
どうして。どうしておれと一緒に居てくれないんだ。
まるで、最期のように、
悲しげに笑わないでくれ。
おれは、お前さえ傍に居てくれれば、何も要らないのに。
お前が傍にいるならば、何だってするのに。




「…―――惺、俺はお前を…愛してる…!!ずっとずっと…!!お前だけを…愛してる…!!!」



「…―――だから、」




「ちょっと先に向こうで待ってるな。」





「いやあああああああああっ!!!!!!!」











「…よう、お前ら…満足か……こんな世界で…」








(愛してる女一人幸せに出来ない世界なんて、)








「…――俺は…、嫌だね…」








(愛してる、惺)




2012.03.20
2012.10.08修正
2013.01.29修正



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