おれは、
一度、死んでいたんだな。

真っ白な頭の中で、ロックオンの科白だけが何度も反芻される。今までどうして気付かなかったのだろうか。思えば異変は幾つも転がっていたのに。
急に思い出せなくなった記憶。
ノイズに掻き消される名前。
“三人目”の消失。
鳴り響くアランの声。
謎の頭痛。
思い出した後の、怖いくらい鮮明に浮かび上がる記憶。
何れもがおかしかったと言うのに。少し考えれば答えに辿り着けたのに。どうして気付かなかったのだろうか。いや、本当は気付いていた。ロックオンの態度を見て“もしかしたらチップはもっと大変な場所に在るのではないか”と。でも、信じたくなかった。認めたくなかった。全てを諦めた振りをして、本当は諦め切れるはずがなかったから。
一人の展望室。星を掴み取るかのようにゆっくり手を伸ばす。当然、星なんか掴めない。虚しさが手に入るだけ。
無意識に右手を睨み付けた。
この右半身だけでなく、この頭も、偽物だったんだ。

『どうしてッ!!!!!おれを人間のままで死なせてくれなかったんだぁぁあああッ!!!!!!』


あの日、責め立てるように吐き出した酷い科白。その炎は未だに灰になる事無く胸の内に潜んでいる。あの時、おれは人間として死んで、屍として生き返ったのだ。
ずっとずっと。
「…なあ、皆」
死者に問い掛ける。
「どうしておれなんか救ったんだよ…」
涙がふわり、と宙を舞った。
一度口に出してしまった思いは止まらない。
「お前達は生きていられたのに…」
屍の為に命を捧げるなんて、馬鹿げている。
保守派のトップである父さんを殺さなくても、隊長格である自分が大人しく死んでいれば、きっと保守派は崩壊していた。そうなれば、夏端月惺は裏切りを決行しなくて済んだ。おれの暴走により、疑わしき沢山の人々が殺されることもなかった。止めに入ったアラン・ヴァン・アレンも傷付くことはなかった。何よりも、愛する彼女の命を奪わなくて済んだ。

ナユタ・ナハトと言う屍の為に、何人もの人々が犠牲になった。

死んだ人間の為に。幾つもの命が亡くなった。
おれには重すぎる。
今からでも、間に合うのか?
一度失ったこの命を投げ捨てて償えば、おれは、皆は、救われるのだろうか。
故郷に置いて来た漆黒の愛銃を思い出す。あの時、トリガーを引いていれば良かった。
死んでいれば、良かったのに。
「…生きるのが…っ、つらいよぉ…っ」
止まらない涙が、責めるように輝きを放つ。
その刹那、耳許で、聞こえないはずの風の音が聞こえた。
その風の旋律に乗って。

『…これだけは……覚えてくれ……っ。お前がどんな姿でも……どんな過去を持っていても……俺はお前を愛してる…っ、お前だけを、愛してる…っ』

愛しい声が、響いた。
その言葉がおれを繋ぎ止める。
おれのやるべき事は?
まだ、やり残した事があるだろう。
まだ果たされていないんだ。

何時かの誓い。
此の醜い世界を、死んだ彼女が笑顔でいられる優しい世界に変えると。
そして、これから生きていく愛しい人達の為にも。

脳裏に何故かロックオンの姿が浮かんだ。
大丈夫。
罰は幾らでも受けてやる。
命などくれてやるから。
せめて、
もう少しだけおれに時間を。




2012.03.18追加
2013.01.28修正



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