「ロックオン!!!」
ヘルメットを脱ぎ捨てて彼に駆け寄る。
情けなさが支配して胸を締め上げる。
怖い。彼を失いたくない。
どうして、おれは肝心な時に役に立たないのだろうか。
担架で運ばれていく彼を見詰め、何も出来ずに叫ぶだけ。
どうして、彼がこんな事に。
「ロック、オ…っ!!!」
馬鹿みたいに涙が止まらない。彼が怪我しただけで、こんなにも心乱されるんだ。
「ロックオン……!!」
ふわ、ふわ、と宙を漂う涙。
ロックオンはうっすらと目を開いて微笑んだ。
「だーいじょーぶ…」
力無く手が伸ばされる。そしておれの頬に触れた。ぬる…、と彼の血液が頬につく。
彼はそれを見て苦笑いした。
「俺としたことが…惺の綺麗な顔に血が…」
ぎゅっ、と彼の手を握り締める。血に染まったその手を。
ぞくり、と戦慄が走る。血の匂いは何時嗅いでも慣れない。特に、今この状況での血の匂いは更に嫌悪を催す。
だって、これは彼の血だ。
「どうしておれなんか庇ったんだよ馬鹿!!!」
ロックオンを怒鳴った。
どうしてこんな事をしたんだ、と。お前が傷付く必要なんて全然無かった。なのに、何で。ティエリアを庇ったおれを庇うなんて、馬鹿な事をしたんだよ。
「おれは…っ、普通の人間じゃないんだ…っ、少しくらい傷付いたって平気なのに…っ!!!」
本当にお前は馬鹿だ。
どうして、自ら危険に飛び込んで来たんだよ。
ロックオンは苦しげに微笑んだ。

「愛するお前を守る事は…男の俺の特権だろ…?」

おれの心臓は握り潰された。
「お前は…っ、ほんとうに…っ、馬鹿だよぉ…っ!!!」
涙が止まらない。
何時ものように上手くポーカーフェイスが出来ない。
どうして、どうして。お前はこんなに。
「惺…。大丈夫…。俺はお前を置いて、死なないから…」
指先が離れていく。
ゆっくりと頬から温もりが遠ざかる。治療の為に別室に運ばれていく彼の姿。それを、ただ涙しながら見詰めるだけしか出来ない情けなく弱いおれ。
どうして、何時もおれは愛する人に守られてばっかりなんだ。
おれが、守りたいのに。
誰も、傷付けなくないのに。
「…お前を…失いたくないよ、ロックオン…っ!!」
その願いだけは、どうか叶えて欲しい。







半ば無理矢理にカプセルから出た。休んでいる暇など俺には無い。
こんなに忙しい時に怪我を負ってしまうなんて。
(でも、)
惺の顔が脳裏に浮かぶ。
彼女が傷付くのを見たくなかった。ティエリアを助けようと向かっていた彼女のガンダムを捉えた瞬間、半ば無意識に俺も向かった。
俺が傷付いても彼女が助かれば、それで良かった。
硝子に映った自らの姿を見て溜め息をついた。右目には黒い眼帯。まさか、俺がこんな事になるなんて思わなかったな。
出逢った頃の惺と同じだ。
紺碧の左眸を隠す為に着けていた眼帯。今でこそ有りの侭の彼女を晒け出してくれているが、眼帯とはこんなに不便なものだったんだな。
距離感が全然掴めない。
すると、タイミング良く向こうからやって来る一つの影―――惺だ。彼女はこちらに気付くと、壁を蹴ってやって来た。
俺に抱き着こうとして、両腕を広げたが、直前で俺が怪我人であると思い出したらしい。抱き着こうとしていた腕は閉じられてしまう。
それに僅かに腹が立った俺は、彼女の腕を無理矢理引っ張って俺の腕の中に閉じ込めた。
「身体は…大丈夫か…?」
「ああ。そんなに心配すんなって」
既に泣きそうな顔を浮かべている彼女をあやすかのように撫でる。
最近の彼女は笑顔より泣きそうな顔が多い気がする。
そうさせているのは紛れもなく自分だ。こんなにも心配させて。
頭の中のチップの事だってあるのに。
この華奢な身体が、これ以上の苦しみに耐えられるのか。
それだけが気掛かりで仕方無い。
彼女自身の身体の事だから、はっきり伝えなければいけないとは理解してるんだ。それでも、やはり彼女が、惺が悲しむ姿は見たくない。
(これは俺のエゴなのか?)
誰にでもなく問う。
「……もう…」
「ん?」
小さい声。聞き返すと、力強い眼差しが向けられた。
「……もう…あんな無茶はしないでくれ…」
「でもあの時はティエリアが…」
「お前が」
低く重い声が俺の科白を遮った。
「お前が、いなくなるのが怖い。」
そう呟いた声は先程とは真逆で弱々しく小さい声だった。
ぎゅっ、とその身体を抱き締める。
(ばかやろー…)
「俺だって…」
(お前がいなくなるのが怖いんだよ)
右目は負傷してしまったが、惺を守り抜く事が出来て良かったと心から思う。

不意に腰に絡み付く彼女の腕が強くなった。
(…惺?)
「なあ、ロックオン…」
「どうした?」
無垢な瞳が俺を捕らえた。
「……何か…隠してる…?」
「…………、!」
彼女の瞳が俺を締め付ける。
その科白は、以前俺が惺に言った事と同じもの。
隠している事―――そんなのひとつしかない。
チップの在処。
「……ちゃんと、言ってくれ…」
心臓を、ぎゅっ、と握り締められるような息苦しさ。焦りやら不安やらが渦巻いて何を言葉にすればいいのか分からない。
そんな俺に、惺は優しく「いいよ。言って。隠されている方がつらい」と囁いた。
「惺…っ」
視界がぼやけてくる。泣きたいのは惺のはずなのに。惺の方が苦しくつらいのに。
俺は、彼女の悲しみを和らげてやることすら出来ない。
「…これだけは……覚えてくれ……っ。お前がどんな姿でも……どんな過去を持っていても……俺はお前を愛してる…っ、お前だけを、愛してる…っ」
あの時と同じように。
これだけは、この先も揺るぎない思いだから。
惺は俺の気持ちに答えるかのように静かに頷いた。その身体をぎゅう、ときつく抱き締める。きつく、きつく。
「……惺………お前の……」
悟ったかのように見詰める彼女が痛いくらい弱々しく見えて。
「…お前の………頭に……っ、」
と、そこまで言った刹那、彼女は微笑んで人差し指を俺の唇に当てた。つらそうに呟く俺の頬に反対の手が触れた。温かい左手と、冷たい右手。
「…もう、分かったから」
「…惺…」
彼女は再び囁いた。
「もう、分かったから」
三日月のような唇。ああ、惺が笑っている、と涙に溺れそうな瞳で捉えた。
「すっきりした。頭がおかしくなったのかと思ったもん…」
安心したように顔を上げる惺。
本当は泣きたい癖に。ぐちゃぐちゃに、ボロボロに、泣きたい癖に。
惺は再び微笑んだ。その笑みは、安らかな笑顔だった。まるで、母親に抱かれ、安心している子供のような。或いは寝顔を愛しそうに見詰める母親のような。


「こんなおれを愛してくれてありがとう」


その言葉に、俺が何れ程救われたのか、彼女は知らない。
目の前の存在が、愛しくて仕方無い。悲しいのは自分だと言うのに、尚も俺に愛を囁いてくれる心優しい彼女。
離したくない。離れたくない。


「もう…お前しか愛せねーよ…」


―――死にたくない、と切に思った。
こんな切ない気持ち、初めてなんだ。




2012.03.06
2013.01.27修正



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