不吉な予感がした。妙に落ち着かなかった。時は真夜中。良い子は勿論、悪い子も寝ている時間帯である。
俺――ロックオン・ストラトスも寝ていた。ぐっすりと。しかし、急に襲いかかってきた不吉な塊に叩き起こされた。布団から体を出して、辺りを見回す。ふと、頭の中で警報が鳴った。
俺は素早く部屋を出て、ある場所へすっ飛ぶ。現在、暇をもて余しているマイスター達は、王留美の隠れ家で寝泊まりしている。だから、居るはず。此処で、寝ている。そうでなければいけない。
俺は勢いよく目的の人物が使っている部屋の扉を開いた。鍵はかかっていなかった。

「…――惺!!!!」

ベッドは、もぬけの殻だった。

「あのバカ!!!」

一瞬で理解出来た。彼女が何処に行って、何をしようとしているのかを。
どうして何時も彼女は独りで何でも終わらせようとするのか。

なあ、惺。答えてくれよ。
俺は何時だってお前が縋って来るのを待っているのに。

俺は駆け出した。







おれは駆け抜けた。夜が包み込んでいる街中を。
根拠なんて無い。ただ感じるんだ。彼女は、絶対にこの間のあの街にいる、と。
おれは夢中で駆けた。ただ、一つの目的だけの為に。
「…――っはぁ、はぁ…」
息が上がる。喉が焼けるように痛い。だけど、それ以上に心臓が苦しかった。逃げ場の無くなった“   ”が、おれの中で暴れ狂っている。大丈夫、もう少しで全てを終わらせる。おれも、お前も、全て終わる。
ゆっくりと走るのを止め、辺りを見回す。
感じる。彼女が此処に居ると。
左手で銃を掴む。
おれは、今から、
再び、お前を、
殺めるだろう。



「…――待ってたわ、惺・夏端月」



凛とした、愛しくも懐かしい声が、おれの鼓膜を包んだ。
(ほら、当たった。)
「…――会いたかったよ」

おれは、彼女に銃口を向けた。

彼女は予測していたかのように微笑む。その余裕そうに微笑む姿が生前とそっくりだ。
(でも、違う)
おれは静かに彼女を見据えた。
闇は、どちらの味方でもなかった。ただ、両者を優しく包む。
「…なあ、覚えているか。あの日の夜の事を」
銃口を向けたまま、思わず呟いた。“覚えているか”なんて。彼女は“夏端月惺”本人ではないと言うのに。おれは不謹慎にも自嘲した。
「知っているわ。貴女、死体みたいだった」
“覚えている”ではなく“知っている”で返した彼女。おれの気持ちに気付いているらしい。
だから敢えてそう告げた。
彼女は笑みを浮かべる。

『“   ”、身体が無くなっても、生きていればいいことがあるから…だから、負けないで』

生前の彼女の言葉。
身体を失って、手術した次の日。
病院を抜け出して、夜空の下で星を見上げていた、あの時を。

「…おれさ、思った。あの時、死んでいれば良かったな、って。何度も、何度も」
「………」
おれの科白に一瞬だけ表情を歪めた彼女。しかし、直ぐに平生を保ち、「そうね」と答えた。
「あの時死んでいれば、貴女はチップを埋め込まれる事も無かったし、再び私と戦う必要も無かった。苦しみは半減出来た」
「…でも、生きてる」
「ええ、生きてる」
彼女はおれとは反対に優しい声色で喋る。おれには、到底優しく出来ない。
構えたままの銃が戦慄く。
あの時のように、視界が赤く染まる。
「生きていれば良いことがある――おれが唯一愛した彼女が、目の前のおれの為だけに紡いでくれたその言葉を、ずっと信じて…生きてきた」
彼女の瞳が変わった。反比例するかのように、おれの瞳が鈍く光る。
「おれは人間を恨んでいた。全ての不幸をおれに向けてきた元凶、人間を憎んだ。人間を捨てた。躯に機械を埋め込み、いつか復讐を遂げようと、今まで、ずっと、ずっと」
おれは天を仰いだ。
あの時とは違って、空には雲が覆いかかっていた。
(やっぱり違う)
「ごめんな。」
此れが、人生で、最後の、懺悔。
トリガーに手をかける。
「おれは、夏端月惺以外に、大切な人が、愛しい人が、出来た。」
彼女のクローンは、一瞬だけ目を見開いたが、直ぐに満面の笑みを浮かべた。
その表情に、「ごめんな」としか出てこない。
おれに“惺”以外に大切な人が出来なかったならば、喜んでチップも命も差し出していた。
彼女を殺した罪を償って、チップを差し出して世界を滅亡に誘う。
だけど、おれには、もう、出来ない。
「チップは渡さない。おれは…おれの大切な仲間を守る。“惺”に守られてばっかだったおれだけど。今度は、おれが、守る。」

彼女の瞳が、見開かれた。

「…おれは、生きて変わった。良いこと、あったんだよ。“惺”」
「……“   ”…」
彼女は悲しそうにおれを呼んだ。
彼女の瞳からポタポタと流れ落ちる涙。
(ごめんな、)
おれは彼女が何をしたくて、何を伝えたいのか手に取るように理解出来た。だけど、ごめん。おれには応えられない。
だって、お前は“惺”本人じゃないから。
おれが愛した惺は、死んでしまった。
おれが愛した惺は、おれが殺した。

たとえ、クローンのお前が、生前の惺と同じようにおれを愛していても。


「おれはもう“   ”じゃない…。愛する女の名前を語り、全ての罪を背負った。コードネーム惺・夏端月。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」

…――おれは、その伸ばされた手を、振り払った。


あの時と同じように。しかし、あの時より美しく。



「ごめん、な、」



…―――パァン…!

銃声が、虚しく谺した。




2011.2.7
2012.12.23修正



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