『GNフィールド!』

ティエリアの声が聞こえた。
中々手こずっているらしい。斯く言うおれも目の前の敵に苦戦している。必死でGNアローを使って応戦する。
こんなクソみたいなガンダムに負けてたまるか、と目の前の敵を睨み付ける。
「チッ…、突破されたか!」
GNアローはどちらかと言うと遠距離。遠距離の方が仲間のバックアップ等を考えたら何かとやり易い。だが、射的範囲を突破されたら仕方無い。接近戦に切り替えるべくアローをしまい、ビームサーベルで群がる敵機を凪ぎ払う。
接近戦が苦手だと思ったら大間違い。寧ろ接近戦が本命、とでも云おうか。
ゴォウッ、風を切る音と、大嫌いな金属音が響いた。
その時、金属音に共鳴するかのように頭が痛くなる。耳鳴りが酷い。
「…うぁ…っ!!」
思わず操縦桿を握り締めてしまい、ガクン、と機体が変に揺れる。
(落ち着け、冷静になれ…っ!)
そう自分に言っても、割れんばかりの酷い頭痛はおれを離してはくれない。
不幸な事に相手側もおれのガンダムだけ動きが歪な事に気付いたらしい。どんどん群がってくる。
『惺!大丈夫か!』と、通信を介して誰かが叫んでいる。しかし誰か確かめる余裕すら今はない。頭の痛みを我慢しながら適当な方向に必死でビームサーベルを振り回す。
汗が滲む。両手が震え出す。

「いっ、いや、だ…っ」

最後のピースが。
パズルを、完成させるかのように。


あの日は確かに雨が降っていた。
扉に手を掛けて外へ出ようとしていたおれを呼び止めたのは父さんだった。
『…ナユタ、』
低くてお腹に響く声。普通の人ならば、その余りにも凄みのある声に尻込みするのかも知れないが、幼い頃から聞き慣れているおれには関係無い。
片手に傘。ドアノブに触れようとしていた刹那的に声を掛けられたおれは、外出するタイミングを失って仕方無く父さんに向き直った。
これから丘に行こうと思ったのに。
折角この間こっそりと埋めた花の種が芽を出したんだ。この雨の中で無事でいられるか心配だったのに。
父さんは小さく手招きをした。
傘を壁に立て掛けると、父さんに近寄った。
『…ナユタ、』
『なに…?』
父さんは窓の外を見た。
『お前に、訊きたい事がある』
『なに…父さん…』
おれは父さんの瞳を見据えた。
父さんの声は嫌いじゃないけれど、たまに見るその見透かすような瞳は好きじゃないかも知れない。
おれは次に告げられるであろう質問に構えた。何を言われるのだろうか。

『復讐は、悪い事だと思うか?』

それは、幼いおれに問い掛けるには、些かそぐわない内容だった。
思わぬ質問に、おれは身体を固まらせてただ考えた。
年の割には何処か淡泊であるとよく大人達に言われるが、だからと言ってこのような質問をぶつけられるとは思わなかった。
父さんは、口を閉ざしたおれを見て、困ったように『直ぐに答えられないのか?』と笑った。
答えられない訳ではないけれど、少し整理がしたいんだ。
確かに、復讐は世間一般からすれば悪い事になる。しかし、おれには良く分からない。幼いから復讐の意味が分からない、と言うような理由からではなく。

『本気で復讐したいと思ったその時に出逢わなければ、良いのか悪いのか言えないよ。父さん』

おれは、復讐したいと思う程、誰かを憎んだ事が無いから。今のおれが答えを出すことは出来ない。
父さんは、おれの答えを聞いて笑った。馬鹿にするような笑みではなく、可愛がるかのような笑み。
『そうか。お前は真っ先に“悪い”と言うと思ったんだがな』
『……。』
その科白に、一瞬だけ息が詰まった。父さんは、笑みを浮かべたまま、再び問うた。『何故そう思ったんだ?ナユタ』と。
『復讐しなければ晴らせない苦しみだってあると思う。それに、復讐する人にとって、復讐される人にとって、良くも悪くも前に進む切っ掛けにはなる…んじゃないかな』
『だから、一概に悪いとは言えないよ。』と締め括る。父さんは僅かに生えた髭を撫で付けながら『ほう、』と頷いた。
そして、片手に持っていた分厚い本をパタリと閉じる。
同時に、こんなに変な質問をして来たのは、きっとその本が原因なんだろうな、と漠然と思った。“善と悪”なんてタイトルで直ぐ分かる。
『引き止めて悪かったな』
『ううん。大丈夫』
おれは再び傘を手に取った。
『いってきます』


頭を押さえ付けた。耳鳴りが酷過ぎる。
こんな時に、こんな事を思い出したくなかった。
皮肉だよな。
父さんを殺されて“惺”への復讐を果たした今、同じ質問を投げ掛けられたら、おれは何と答えよう。操縦桿を握りながら考えた。敵の攻撃を器用に避けて。だけど反撃出来ない程に弱り果てているこの状況。
頭の中で、あの会話がずっとぐるぐる回っている。
“復讐したいと思ったその時に出逢わなければ、良いのか悪いのか言えないよ”なんて。
あの時のおれは何も分かっていなかった。
復讐して、更に迷路に迷い込んだ。
(おれには、まだ分からない)
早く見付けなければ、手遅れになってしまうかも知れないのに。
それに気付いていながらも、こうして平然と過ごしている。


…―――刹那、目の前が真っ暗になった。
同時に思考は現実に戻る。
真っ暗な状況に頭がついていかない。唯でさえ、先程まで記憶の片鱗と戦いながら混乱していたと言うのに、更に追い詰めるかのようにヴェーダのバックアップが途絶えるなんて。
「なん、だと…?!」
無様にその場で動けなくなる。
心臓を掴まれたかのような感覚。怖い。何時おれは握り潰されるのか、と。
「ど、どうして…!!!」
こんな時に。
操縦桿を叩く。
左手から血が滲み出る。それでもダンダンと叩き付ける。
「動け…っ!!!動けよぉぉっ!!!!」
真っ暗な中で、ただ何かに訴えるように叫び続けた。
『…―――ナユタ…』
浮かび上がる愛した彼女の笑顔。殺した彼の笑顔。そしてソレスタルビーイングの皆の笑顔。ロックオンの、姿。
「まだ、おれは――…!!!!」
実現、させていない。
彼女が笑える世界を。愛しい者達が共に生きていける世界を。おれ達のような人間が二度と生まれて来ないような平和な世界を。無垢で純粋な人間だけが傷付くこの世界を変えてやろうと、彼女に、彼に、誓ったはずなのに。

どうして、邪魔をするんだよ。

「動けよぉぉッ!!!!」
ダン、と再び操縦桿を叩いた。
(お願い、ガンダム)
「おれに……!!!」
大切な笑顔を、守る、
力が、欲しい。
「力を…っ、貸してくれ…っ」


…――その刹那、ガンダムが動き出した。
「ガンダム…!!!」
明るくなった辺りを見回す。皆のガンダムも動けるようになったのか。刹那は?アレルヤは?ロックオンは?と、確認。
「あ、れ…?」
(ティエリアは…!!?)
視界に映った違和感。ヴァーチェは何処だ。
先程とは違った焦燥感が襲う。
すると、おれの瞳はヴァーチェを捉えた。動かずに宙を漂っている。
「…―――ティエリアぁぁあああッ!!!!」
気が付いたら翔ていた。半ば無意識だった。彼を助けなければ。
ティエリア、おれはお前の一部。お前はおれの一部なんだろ?だったら、助けないと言う選択肢は無いんだ。

「うあああああああっ!!!!!!」


その刹那、何が起こったのか、さっぱり分からない。通信を介して愛しい声が聞こえた。
『惺ッ!!!!ティエリアッ!!!!』と。
目の前は、真っ赤な絶望を映し出す。
ねえ、
お願いだから。
誰か。
これが、
嘘だと囁いてよ。




2012.03.06
2012.10.08修正
2013.01.27修正



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