運命なんて言葉、信じていない。
だけど、あれは、運命なのではないか、と今でも思ってしまう。
子供の頃のように。
無垢だったあの頃のように。


『ふ、ぁっ、う、…っ、はぁ…っ』
苦しげな呼吸が響く。
右半身を失ってからずっと、この苦しみからは逃れられる事無く、魘されている。
苦しくて仕方無い。
暗い部屋で独りで苦しむ。
父さんも、惺も、アランも、死んでしまった。父さんの遺した大きな家。与えられたこの広い部屋に、独りで苦痛に耐え忍ぶ。その滑稽な姿。
幻肢痛がおれを追い立てる。四肢を失った人間が浮かされる痛み。まるでそこに腕や脚が存在するかのような。もう其処には腕や脚は無いのに。
誰も、傍に居ない。
左目がガンガンと痛む。惺の瞳がおれを拒絶するかのように。
ベッドから這って義手と義足を手に取る。プロトタイプだから人工皮膚が無く金属が剥き出し。これをしなければ痛みに苦しむ事になる。
だけど、こんなものなんか、本当は身に付けたく無い。
人間として生きていたかったおれを、人間として死にたかったおれを、全て否定するかのように輝くその金属。
ガチャリ、と神経をそれと繋げれば、痛みはどんどん治まっていく。
『はあ、はあ…っ』と、誰も助けてはくれない暗い部屋で、床に伏したまま情けなく涙を零した。
醜い。醜過ぎる。
乱れた呼吸を整えて、ゆっくりと起き上がった。左目に着けている眼帯が、苦しみ足掻いているうちにずれていたようで、力無く眼帯を着け直した。
ごろん、と仰向けになる。
その拍子に、コツン、と指先に当たる漆黒の拳銃。父さんから貰った、大きくて厳つい拳銃。人を守る為に使うのだと思って疑わなかったあの頃。この銃で、惺を殺した。そう、おれは、守る為の銃で、一番守りたいと思っていた女性を、殺したんだ。
じっと見詰める。
銃弾は入っているのだろうか。
あの日使って以来、一切触れていないからきっとまだ銃弾は何発か入っているはず。
指先で器用に引き寄せる。
そうだ、機械を埋め込まれ、不本意ながらも生かされているからと言って、素直に生きてやる必要は無いんだ。
おれが、ここで全て終わらせれば良い事だ。
拳銃を掴んだ。
仰向けに寝転んだまま、頭に銃口を近付ける。
瞼を閉じて、深呼吸。
漸く、苦しみから解放される。
トリガーを僅かに引いた、
その刹那、

…―――コンコン、と、
誰かが扉をノックする音。
おれは引きかけたトリガーから指先を離して、一旦床に拳銃を置いた。
こんな夜中に誰だろうか。
ノロノロと立ち上がって扉に近付いた。父さんが生きていた頃は、お客さんが“良い”お客さんとは限らないから、ちゃんと確認してから扉を開くこと、なんて言われていたが、直前まで自ら命を絶とうとしていたから、お客さんが“悪い”お客さんでも良かった。言い付けを盛大に破り、確認も何もせずに勢い良く扉を開いた。
『……。』
が、どうやら“悪い”お客さんではなかったようだ。僅かに項垂れる。
目の前には、髪の長い女性が分厚いファイルを抱えながら『…いきなり開けるなんて無用心じゃないの』と苦笑いを浮かべていた。
『別に。死んでも良かったから…』
小さく答えると、目の前の女性は悲しそうに顔を歪めた。
『貴女、ナユタ・ナハトで間違い無いわよね?』
無言で頷いた。
彼女は何処かの研究員だろうか。おれを何かの実験に利用するのかも知れない、なんて思った。
そうだったら死のう。これ以上大人の都合で生かされるのは御免だ。
然り気無く床に置いたままの拳銃を確認する。この距離なら無理矢理連れ去られそうになっても振り払って自殺出来るな、と走るルートを確認してイメージトレーニング。
しかし、彼女の紡いだ科白は、おれの予想に反するものだった。
『私の名前はスメラギ・李・ノリエガ。ソレスタルビーイングの戦術予報士をしてるわ』
そして、その分厚いファイルをおれに手渡した。
ソレスタルビーイング。
父さんが何か言っていたかも知れない。確か、私設武装組織だったか。
おれは、手渡されたファイルを数ページ捲ると、スメラギ・李・ノリエガと名乗った彼女を見据えた。
彼女は『違うわよ』と一言。
そして、真ん中辺りのページを開いて指を差した。
そこには、モビルスーツの写真。

きっと、これが、おれの運命だった。


『貴女を、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとしてスカウトしに来たの』


彼女は暗闇でもはっきり分かる程、にっこりと笑った。
夢でも見ているのだろうか。ガンダムマイスターとしてスカウトだなんて。
おれは、信じ切れない思いを抱いたまま、扉で隠していた右半身を月明かりに晒した。
いきなり現れた、機械と化した右半身に、スメラギ・李・ノリエガは一瞬だけ息を詰まらせた。
『それは、“兵器”としてスカウトしに来たと言う事ですか』
右半身を指して、おれに戦えと言うのか、と問うた。すると、彼女はおれを優しく抱き締めた。

『“仲間”として、スカウトしに来たのよ。』

その言葉に、惺やアランの姿が甦る。
『仲間なんて、要らない。』
何時かは裏切られる。人間は誰だって自分が一番可愛いのだ。天秤に掛けてしまえば、結局は仲間などどうでも良くなってしまうのだ。
『…なら、仲間にならなくても良いわ。ソレスタルビーイングを利用すると思って』
(ソレスタルビーイングを、利用…)
この、ガンダムと言うモビルスーツを使えば、世界を壊す事が出来るだろうか。
全てを葬り去って、傷付かない完全な世界を創り出す事が出来るだろうか。
おれはスメラギ・李・ノリエガを見詰め返した。
そして、後ろに置かれたままの拳銃を再び見た。

死ぬのは、まだ先に取っておこう。
此の世界を壊す迄は。

返事の代わりに小さく頷くと『これからよろしくね』と澄んだ声が響き渡った。









『…――総員、第一種戦闘準備。敵部隊は、疑似太陽炉搭載型十九機と断定。既に相手はこちらを捕捉してるわ。ガンダム五機はコンテナから緊急発信!フォーメーションS34で迎撃!』


『…――ガンダム、出撃します』
クリスティナの声と共にガンダムを発進させる。
『各機、フォーメーションS34。油断するなよ!』
『了解』
『了解』
『了解』
皆の声を何処か遠くで聞いていた。
「…了解」
ゆっくり天を仰ぐ。
あの件以来、次々とパズルを完成させるように思い出される記憶。
怖いくらいに、鮮明に。
大好きだった“惺”の、靡く髪の毛一本一本だって、しっかりと思い出す事が出来る。
その普通では有り得ない驚異的な記憶量に、怖くない、と言ったら嘘になる。
だけど、同時に嬉しかったんだ。
“おれ”は、やっと“おれ”に成れたんだ。
一度は過去を捨てた。だけど、やっぱりおれは過去のおれが在るからおれであると言えるんだ。
『なあ、惺、』
通信を介して問い掛けて来たロックオンを画面越しに見据えた。無垢な瞳と出逢う。
『ちょっと顔色が良くないように見えるんだけど、大丈夫か?』
「別に。画面越しだから変に見えるんじゃないか?」
『そうか、良かった』
「心配性だな、ロックオンは」
『そりゃ心配するよ。俺達は恋人同士であって仲間でもあるからな。さあ、行くぜ!』
プツリ、と切れた通信。
“仲間”と言う単語に、思わず微笑んだ。小さく「そうか、仲間かぁ…」と呟いて操縦桿を握り締める。


ベリアルのトリガーはあの時の銃に何処か似ていた。




2012.03.06
2013.01.26修正



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