「…――あのさぁ、君、自分が何をしたか分かってますか?」


暗い建物の中で、その科白はやけに重かった。言った本人は笑顔を浮かべているが、その瞳は誰もが見ても「殺すよ?」と告げていた。
何時もは仮面を被っている彼は、この時は素顔で真っ直ぐ彼を睨み付けていた。“彼”とは、メリッサの事である。メリッサは冷や汗を流しながら弁解をする。
「お、俺は貴方が望むと思って…っ!」
「僕はこんな事など望んでいません。口に出したことも無いのに、どうして君に分かるのですか?」
「そ、それは…っ!!」
チャキ、と銃を持ちながら微笑む彼。
「君がやり過ぎたせいで彼女をまた苦しめてしまいました…。下手をすれば死んでいたかもしれない…」
仮面の無い彼は、一見美しい青年。しかし、その瞳の奥で燃え盛る憤怒だけが異様に映り込む。
美しさの中に垣間見る怒り。
「君は…、僕の為なんかではなく、本気で彼女を殺したいと思っていた。そうでしょう?」
「それは…っ!」
「言えないの?ねぇ」
ニコニコ、と笑顔が怖い。
笑顔なのに反抗出来ない雰囲気がその場を支配していた。“逆らったら殺される”そんなオーラが彼にはあった。流石は教団のリーダーである、とメリッサは自分の命が危険に晒されているにも関わらず不謹慎にも思った。
カチャカチャ、と再び銃を弄る彼。
「分かってるんですよ?君が考えている事は」
さあ…、と、顔から血の気が引くメリッサ。それに気付いていながら、尚も笑顔を浮かべる彼。その笑顔は何処か歪んでいた。もはや、優しい笑みを浮かべる価値も無いと判断したのだろうか。真意は定かではない。
「…メリッサ、君が夏端月に恋慕の情を抱いているのはバレバレです。そして、彼女を殺めたナユタさんを恨んでいる事も」
チャキ、とメリッサの眉間に銃口を向ける。途端に身体が強張った。
「まっ、待って!つ、次は言うことを必ず守ります!!勝手に行動なんてしません!!」
「ふぅん…」
ここで初めて彼から笑顔が消えた。たった一瞬だけだったが、間近に居たメリッサには直ぐに分かってしまった。
身体が戦慄いて動けない。拘束なんてされていないのに、身体が何かに縛られているかのような感覚。震えている脚から力が抜けて、ガクンと情けなく床に両膝を着いた。
「…そう。」
たった二文字にも関わらず、その言葉には凄みがあった。
ニッコリと、変わらぬ笑顔で。
「君は…夏端月を愛していると豪語しながらも彼女の事を何も分かってはいなかったんですね」
「なにを…っ!俺は…っ!惺さんを…っ!!」
「夏端月はナユタさんに無惨に殺されたのではありません。自ら望んで、ナユタさんからの銃弾を受け入れたんです」
「う、嘘だ…っ!!!惺さんは…っ!!!」
「嘘か否かは…」

トリガーに、綺麗な指先が触れる。


「夏端月に、直接訊けば良いじゃないですか。」


…―――パァンッ!!!!
乾いた音が響き渡った。
ビシャビシャッ、と、血が飛び散る。その右手に跳ねた鮮血を、鬱陶しそうに払った。


「どっちにしろ、地獄行きの君は、天国の夏端月には会えないでしょうけど。」


にっこり、と穏やかな笑みを浮かべながら死体を見据える。
眉間に一発の銃弾。
吐き出された科白は、既に息絶えたメリッサには最後まで届く事はなかった。
ゆっくりと天を仰ぐ。
「はあ…」
溜め息ひとつ。役目を終えた銀色の拳銃を懐に仕舞った。

「……もう……時間が無いのになぁ……」









「あれ…?何だろこれ…」
「クリス、どうしたの?」
「この情報が…」
スメラギさんがクリスティナに近寄り、言われた部分を覗き込む。刹那的に険しくなる表情。
「……どうしたんですか」
唇が勝手に紡いでいた。嫌な予感しかしない。
「惺…」
スメラギさんの、“どうしていいのか分からない”と言いたそうな瞳が向けられる。その眼差しだけで、その情報がおれに関するものであると察してしまった。おれはスメラギさんの瞳をしっかりと見詰め返す。今更、何があっても傷付いたりはしない。どん底を見たおれだから。
「言っていいですよ」と力無く微笑む。
スメラギさんはおれと同じように悲しげに微笑んだ。
「…生きてるそうよ」
誰が、と訊かなくても分かった。
どうしてだろう。嬉しいのか、悲しいのか、よく分からない。
あんな致命傷を負っていたのに、生きていたのか。
スメラギさんは、何も言葉を発しないおれを見て、先程の科白が通じていなかったと勘違いしたのか、ご丁寧にも言い直してくれた。
「…アラン・ヴァン・アレン……教団のトップとして…ね」
「…うん、ありがとう。」
抑揚の無い声で、呟いた。
「昔の許嫁と敵対するなんて、複雑でしょうけど…」
「…別に。おれには関係無い」
生きていたとしても、一度彼を殺しているのだ。きっと彼はおれを恨んでいる。だから教団のトップに君臨しているのだ。惺のクローンまで使って、おれを苦しめて。
良かったな、お前の作戦は大成功だよ。流石アラン。効果は抜群だった。
(でも)
ただ、ひとつ、
“もしも”の可能性があったならば。
その“もしも”が彼を動かす本当の理由だったならば。
(おれは…)


―――ガシャン、
「…状況は?」
気まずい雰囲気を裂くように、ロックオン、刹那、ティエリアがやって来た。
「今のところ変化は無いわ」
「トリニティも沈黙してるよ」
スメラギさんとアレルヤが答える。
「惺、どうした?」
ロックオンがおれの隣にやって来る。あまりにも自然におれの違和感を読み取った彼。何故だろう、心が痛む。
「なんでもないよ」
ゆっくりと背中を向けた。
「惺、どこ行くの」
フェルトの静かな声がおれに降り注ぐ。それに振り返ること無く「ちょっと休憩」と返せば、今度はスメラギさんがおれを引き留めた。
「惺……さっきの彼のことなんだけど……」
アランのことを言っているのは直ぐに理解出来た。
「気にしてない。」
背中越しでも、スメラギさんが悲しげな表情を浮かべているだろうな、と分かってしまった。
「彼…?誰のことだ?」
ロックオンが怪訝な顔で問い詰める。おれはそれをひらりと交わした。
「さあ?知らない」
嘘を吐いたのはロックオンに許嫁がいたことを知られたくなかった訳ではなく、本当に何も無いと思ったから。全ては過去の話。
今、ロックオンを愛している事実に変わり無い。ならば、寧ろ知らない方がいい。
汚い過去は、水底に沈めておくんだ。
「おい、惺…!」
おれを追い掛ける言葉。聞こえないふりをしてその場を去る。
だって、今、
ロックオンをどんな顔で見詰めればいいか、分からない。




2012.03.03
2013.01.24修正



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