おれは、どうかしてしまったのだろうか。
歩きながら一人考える。
頭を過るのは例の“悩みの種”についてだ。
最近は専らこの事について考えている気がする。
今までは過去なんて捨てて無心で過ごすことが出来た。だけどここ最近になって急激に襲い掛かる過去の残像。
霞掛かって思い出せなかった景色も記憶も、何故か怖いくらい鮮明に思い出せる。
あの日、何をして、何を喋って、何を思っていたのか、
そして、頭の中に鳴り響いていた謎の声の正体。アラン・ヴァン・アレン。“三人目”だ。
そして、おれが、殺した男。
身体に孕んだ狂気があまりにも膨大過ぎた。コップから水が溢れ出すかのように、破壊行為を止めようとしてきた人間は一人残さず殺した。敵も味方も。
その中に、彼がいたんだ。
仕組まれた関係だったというのに、最期の最期まで愛を貫き果てた。
『ナユタさん、愛しています』
呪いにも似たその言霊を囁いて。
あの瞳がおれを責め立てる。
皆、そうやっておれを苦しめる。
“惺”もそうだ。
死んだ人間は良いよな。だって、苦しまないのだから。

それより、どうして、こんなに重大な事を忘れていたのだろう。
失った右腕があの感覚を覚えている。肉塊を切り裂き、引き金を引いた感覚を。
だのに、何故記憶は忘れていたのだ。
「おかしいだろ…」
壁に寄り掛かる。
真実は何時だっておれを翻弄させる。
知りたいと思えば思う程傷付き傷付ける。
「いったい……おれはどうしちゃったんだろうな……」
自嘲混じりに呟いた科白。

自分の事なのに、自分の事が、一番分からない。

悔しくて仕方無い。









僕――ティエリア・アーデは、壁に凭れ掛かり、泣きそうな声で小さく弱音を吐く彼女を、ばれないように静かに見ていた。
偶然通り掛かったところで、彼女は押し潰されそうになっていた。
ポーカーフェイスを貫く余裕すらなく、眉間に深い皺を刻んだまま。
理由は見当がつく。
彼女の身体の事だ。
僕は、チップが彼女の左肺ではなく頭の中に入っている事を知っていた。数日前にロックオン・ストラトスから相談を持ち掛けられたから。
しかし、彼女はその事実を知らされてはいない。ロックオンがそれを告げるのを渋っている。
こんなに引き延ばしても、惺の苦しみは消えはしない。幾ら先送りにしても同じ苦しみを受ける事は変わらないのに。そうやって、彼が迷っている間にも、彼女はこうして傷付いていると言うのに。
「は、…っ、頭が…っ、」
彼女の吐息が聞こえた。
そう、僕は何時もそうだ。僕は彼女の闇や苦痛に気付いていながら手を差し伸べはしなかった。
僕と君は光と影のような関係。君は僕の一部であり、僕は君の一部――遥か昔に告げた科白。だが、どうだ。この現状を見ろ。
僕は、惺の為に何かしてあげられたか。ロックオンに縋るだけで、僕自身は何もしていない。
本当は、彼女に触れるのが、彼女に触れて彼女に拒まれるのが、怖かったんだ。
僕は、ロックオン・ストラトスのように強くないから。
彼のように真っ直ぐな思いを貫く自信が無かったから。
(でも、)
「く…っ!!」
眉間に皺を刻み、遂にしゃがみ込む惺。
苦しそうに、たった一人で。
(もう、)
「…っ、!」
(僕は、もう、)
「……っ、」
彼女が、一筋涙を流した。
その様子を捉えた瞬間、

耐えきれなくなった。

「惺…っ!!!」
「ティエリア…っ?」
隠れていた影から出ていく。その小さく華奢な身体を両腕いっぱいに抱き締めた。
もう、自分が傷付くことなど恐れない。彼女を、一人にはさせない。彼女が苦しまずにいられるならば、僕は彼女の“光”として何でもしてあげよう。
「ティエリア…っ」
彼女は震えていた。
なんて弱い存在なのだろうか。
僕と似ていると思っていた彼女は、強がっていただけだったのだと今更になって気付いた。
同時に、気付けたロックオンが凄いと思った。

僕は、その儚げな姿に誓う。

「……大丈夫…。」
少なくとも僕がいる間は、
「君を独りにさせない」
ロックオン・ストラトスのように、君の不安全てを消せる訳ではないけれど。
「ティエリア……」

君の涙を拭うくらいは出来る。
そう、信じて。

「ありがとう…、ティエリア…」



2012.02.29
2013.01.24修正



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