『ナユタさん…っ』

暗い部屋に、切なく濡れた声が響く。
唇を重ねて、舌を重ねて、身体を重ねて、それでも、心だけは決して重ならない。
切ない二人。
その暗い部屋が二人の世界を表していた。苦しみに埋もれて、一生交わらない平行線。
『は…っ、ん…』
唇から洩れる声。
頭がぼーっとして上手く働かない。
ギシ、と安価なベッドが軋む。
その音すら理性を壊す。
『あ…いして…』
やめて。
その声が出ない。
出させてくれない。
『アラン…っ!やめ…っ、』
必死で言葉を紡ぐ。
その言葉には応えられない。
苦しむくらいなら耳を塞ごうか。
『はっ…、あい、して…っ』
『それ、以上、っ』
『ナユタさん…っ!』
『や…、め…っ』
『愛して、います…っ!ナユタさん…っ!』
やっぱり、おれの心は惺のものだったんだ。
応えられない愛は重荷にしかならない。
アラン、おれとお前は悲しいくらい平行線だ。





初めて身体を重ねた夜は、虚無感に襲われて眠れなかった。じっと天井を見据え、日が昇るのを待ち焦がれてカーテンの隙間を何回も確認する。
夜の暗闇に響き渡るアランの寝息。許嫁が寝るのを見届ける事もせずに、自分だけ気持ち良くなるだけなって寝てしまった。なんて野郎だ。
でも、そんな憤りよりも、心を許していない相手に身体を許してしまった情けなさが、痛い程に身体に滲みた。
だけど、もう遅い。全て終わってしまったんだ。
(初めて、だったんだけどな…)
うっすらと思う。やっぱり初めては愛する人に捧げたかったな、なんて。
愛する人――おれの場合は完全に百合だな、と一人自嘲した。
アランの横顔を見る。周りと比べれば断然整った顔。所謂イケメンに属する。だけど、そのイケメンを以てしても、おれの惺に対する気持ちは変わらないんだ。
(皮肉にも、身体の相性は良かったのにな)
“愛”に餓えている、醜い獣。
それは、彼だけでなく、おれにも言えるんだ。
誰も幸せになれない。
一緒に居ても、きっと三人は交わらないんだ。
こんな世界が、おれは好きではない。

朝日が昇る。だんだんと明るみを帯びてきた世界に、おれは漸く身体を起こした。
『シャワー…、浴びてこよう…』

だけど、その虚しさだけは洗い流せない。





『女だけど…、おれはおまえを愛―――…』
『…―――だめ。』
困った惺の顔が、離れない。
『…言っちゃ、だめ。』
泣きたい。
お前がおれを掻き乱して堕とした癖に、想いを伝える事すら拒否するのか。
愛しているのに。
心の底から、愛しているのに。
(届かないんだな)
此の涙には気付かないで欲しいと、ただ惺を見ないように。
駆け出した。
遠くまで。
『…――待って!!!!』
彼女の声が、背中に降り注ぐ。
今だけは、呼び止めないで欲しいと切に願った。
どうか、こんなおれを見ないで。
走り抜けた先には丘。
おれのお気に入りの場所。落ち着く場所。おれがおれで居られる場所。
『…う、っ、ふぇ、っ…』
情けない嗚咽に塗れて、おれはただ涙を流した。
苦しい。苦しくて仕方無いんだ。

『…ナユタさん、』

嗚咽の合間に、おれを呼ぶ声。
誰なのか、なんて確認しなくても分かる。
ふわり、と後ろから包み込むように抱き締められる。
格好悪いと分かっているのに。
情けないと分かっているのに。

『…僕が、慰めてあげますから。』

今は、その手が振り払えない。




2011.11.22
2013.01.22修正



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