『ナユタさん』

優しげな声に振り向く。もう既に聞き慣れた、中性的な声。
その声は嫌いではないが、何処か闇を含んでいるその声にたまに背中がゾクリとする。
声の主はアラン・ヴァン・アレン――おれの許嫁だ。
許嫁と言ってもある日突然父さんが連れて来た、形だけの許嫁だ。
実際、おれはアランを愛してはいない。おれの心は惺だけのものだ。
しかし、残念ながら中立派と保守派の子供達がくっついたという噂は瞬く間に広まってしまった。正直、当事者のおれとしては迷惑極まりない。
大人達が勝手に仕組んだものに、わざわざ乗ってやる程おれは優しくない。
何時か絶対にこの現状を打破してやるんだ。
『…なんですか、その顔は』
彼は微笑んだ。苦笑いではなく、おれを微笑ましく見詰めるような雰囲気。そんな何時も余裕そうな雰囲気もあんまり好きではない。
お前だって利用された身なのに。
どうしてそんなに笑えるんだ。
どうしておれに構うんだ。
おれには到底理解しかねる。
彼は『ナユタさん、眉間』と言って指を差した。
どうやら、彼と関わるのが面倒臭いという気持ちが表情にしっかり表れていたらしい。
おれは指先で眉間を解す。
ポーカーフェイスは苦手だ。どうしても内側の感情が滲み出てしまう。
どうすれば他人に悟られないように出来るのだろうか。これが出来ればもう少し有利に戦うことが出来るだろうに。
悟られるのが怖くて溜め息すら億劫だ。瞳が彷徨う。
『…疲れてますか?』
訊ねた彼。自分の方が年上だというのに敬語を使う。保守派に比べれば中立派はまだまだ格下。此方の機嫌を損ねないように必死なのだろうか。
(皆、地位や権力の事ばかりだ。)
おれは彼のその問いにすら答えずに外方を向いた。
そろそろ惺が帰ってくる。
『ナユタの大好きなフルーツを沢山買ってくるわね』と、意気揚々と出掛けて行った彼女の後ろ姿を思い出す。
『ナユタさん、』
『なんだ』
とうとう耐えきれなくなったおれはうっかり返事をしてしまった。だってさっきからしつこい。一回答えたら少しは静かになるだろうか。
(早く帰って来ないかな…惺…)
アランと二人なんておれ耐えられない。
彼は悲しそうに微笑んだ。
『やっぱり…夏端月が一番なんですね』
『………。』
急に言われて反応出来なかった。
当たり前だ。あいつがおれの一番だ、と言う科白を紡ぐ間も無く、
『無意識でしょうけど…』
その真っ直ぐな瞳を見据えた。
『ナユタさん、笑ってましたよ』
余りにも切な過ぎる声に、一瞬どう返せばいいのか分からなかった。
何だよ。
何でそんなに切ない瞳で此方を見るんだ。
お前とおれは、仕組まれた関係。
真実も本当も本気も何も無い虚像の中に生まれた関係。そうだろ?
どうして、そんな目をするんだよ。
意味が、分からない。
アランは言葉を続ける。
おれを追い詰めるように。痛くて鋭い言葉の欠片を吐き出す。

『…ナユタさんは…何時から笑わなくなったんですか…?』

ずっと前からおれを知っていたようなその口振りが癇に障った。つい最近知り合ったお前に、おれの何が分かるんだ。おれの苦しみが分かって堪るか。何時から、なんてアランには関係無い。
『……。』
ただ、無言で時が過ぎるのを待つ。
真っ直ぐな瞳をおれから逸らしてくれない。じっと見詰められて、果てしなく居心地が悪い。
(何なんだよ、これ)
むかむかする。
これ以上彼と一緒に居たら頭が痛くなりそうだ。
早く帰って来て、惺。
おれ、そろそろ限界かも。




2011.11.17
2013.01.21修正



- 81 -


[*前] | [次#]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -