ああ、私は、また救えなかったのか。


あれから意識がプッツリと途絶えている。
此処は何処だ。確認したいけど、瞼を開きたくない。あの、いつもの、冷たい、トイレの個室に、戻って来たなんて、認めたくない。
目を、開けたくない。
なんで、私は、いつも、いつも、いつも、大事な人を救えないんだろう。
瞼を閉じていると言うのに、それでも収まりきらなかった涙が、つぅ、と頬を伝う。
幾筋も、幾筋も。
「…っ、!」
(悲しくて仕方ない)
声を噛み殺し切れなくなりそうになった、
その刹那、頬に触れた温かい何か。

(え、?)

目を閉じていたせいで敏感になった五感は鋭くそれを感じ取る。
一瞬触れたそれ。
今のは、なんだ、と思ったと同時に、今更ながら、自分が横になっている事に気付いた。
あのトイレの個室に戻った時は、いつも座っている。じゃあ、此処は?あれから、何があったの?
恐る恐る、目を開くと、一気に光が入ってくる。
予想以上の眩しさに目を細めると、光に反射した青い髪の毛が見えた。
(うそ、でしょ…)
手を伸ばす。その手を優しく掴まれた。

「やっとお目覚めか?」

「ガエリオ…っ、?」

何が、何だか、分からない。
彼が、
愛する人が、
目の前に、生きている。
私はゆっくりと身体を起こして周りを見渡す。
ログハウスのような建物。家具は全部真っ白で。
私はベッドに寝ていて、ガエリオが隣に座って微笑んでいる。
私は、この場所を知っていた。
「ここって…」
「ああ。お前達工作員がお世話になっているお忍びの病院だな」
何で、ここに?それに、ガエリオが、ここを、知っているのは何故?
(と言うか、いま、“お前達工作員”って言ったよね?)
私は、最後のガエリオに、自分が特殊工作員だった事を言っていない。誰にも言っていない。
なら、その事を知っている、目の前のガエリオは?
思わず、彼を見詰める。

「…君は…何番目のガエリオ…?」

ギュッとガエリオの指を掴む。
ガエリオは、私の問いには答えずに柔らかく笑うだけ。ああ、変な質問だったね、と思い直した私は、小さく「酷く長い夢を見ていただけなのかな…」と呟いた。
ガエリオを救いたくて、気が遠くなるくらい繰り返した時間も、本当は全部夢で…
そんな私の様子を見たガエリオは、「シン、」と、優しく私の名を呼ぶと、ポケットから“それ”を取り出した。

銀色に光り輝く指輪。
その輪の中に、綺麗に収まるように、一発の、銃弾が食い込んでいる。
(…え、?)
これは…
「全部、全部、この指輪が教えてくれた…。気が遠くなるくらいの、長い長い時の中を…、俺を救う為に、ずっと彷徨うお前の姿を…」
「…、うそ、これ…」
震える声を誤魔化せない。
指輪から顔を上げ、ガエリオを見上げると、彼は微かに笑って、私に告げた。


「…――俺は、最後のガエリオ・ボードウィンだ。」


思考が、追い付かない。
ガエリオは、そんな私をお見通しだったらしく、優しく私を抱き寄せた。

「…この指輪が…、お前が、俺を守ってくれた。」

髪に手を通し、その細くて綺麗な指で優しく梳く。
「今まで、ずっと、一人で背負わせて…、何度も何度も、お前を置いて逝って、本当に、すまなかった」
ねえ、これ、嘘じゃないよね?
夢じゃないよね?
「ねえ、ガエリオ…っ、もっと、よく…、顔見せて…っ」
ボロボロと溢れ出す涙。
ガエリオは、私の気持ちが分かったのか、小さく苦笑した。「お前の泣き顔はどうも苦手だ」と言って優しく私の頬に触れる。
キスしそうな距離で、私達は見詰め合う。
生きてる。
彼が、
ガエリオが、
目の前に、生きている。
「やっと…終わったんだ…」
こみ上げてくる感情を抑え切れない。私もガエリオと同じように、彼の頬に手を寄せると、ガエリオは眉根を寄せて「いや、まだ終わってはいない」と私の言葉を否定した。

「俺達の、“親友”を救わなければ、終われない」

私達の、親友――…
冷たい眸のマクギリスを思い出した。
救う事が、出来なかった。
私の言葉は、届かなかった。
「でも…、」と紡ぐ私。それを遮るかのように小さく接吻される。そして、「大丈夫だ」と。

「運命に抗い、こうして俺を救ってくれたお前なら、きっと、マクギリスの事も救えるはずだ…」
「…、!」
「戦おう…今度は、二人で…」
“二人で”
その言葉が物凄く嬉しい。
気が遠くなるほどの、長い間、
独りで戦ってきた。

もう、独りじゃない。
ガエリオが傍にいる。

「うん」
力無く微笑んだ。



「…――で、シン、ひとつ、大切な事を忘れてないか?」

再びグイッと顔を近付けられる。
「大切な事…?」
何の事だろう。
思い出せない。
ガエリオを見上げると、意地悪な笑みを浮かべている。「ずっとずっと、待っていたんだが…?」と優しく責められた。
(…っ、!)
ああ、思い出した。
私は、ガエリオのその碧い瞳を見詰める。

「…あのね、ずっと、ずっと…言えなかったんだけどね、」

やっと、
やっと、伝えられる。



「――ガエリオ、君を、愛してる。」


ガエリオは微笑んだ。
「よくできました」と一言。
噛み付くように口付けされて、


「――俺も、お前を愛しているよ、シン。」


長い旅は、幕を閉じた。




THE END
2016.05.21

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