走り去るシンの背中を見届けて、俺は目の前のバケモノに向き直った。
こんなに、人間から遠く離れてしまったバケモノに向かって、まだ「私の弟だ」と言い切り、こんなに危険な地まで救いに来たあの女が純粋に凄いと思う。
『また…!!またお前か…!!』
大型特殊メイスを構える。
ああ、この声。あいつか、と軽く舌打ちした。
シンに続き、オルガ達も無事にこの場を離れた事を確認すると、敵のボディを蹴り飛ばす。でかい割に機動力がある。俺の阿頼耶識では少しきついかも知れない、と直感的に思った。
『なんてことだ…!!君の罪は止まらない…!!加速する…!!!』
武器を交え、睨み合う俺達。
本当に阿頼耶識と一体になったら、目の前のこいつのように、誰かを愛し、誰かに愛された記憶すらも無くしてしまうのだろうか。

姉の言葉も届かずに、
ただ、一番強い、復讐と言う感情だけを残したバケモノ。
『クランク二尉…このままでは…あなたの涙は止まらない…。俺は…この戦いをもって、彼を悔い改めさせてみせます…!!!』

『でも…っ!!でもぉ…っ!!!』

ぷつり、と何かが切れた気がした。
先程の、去り際の、涙を流す彼女の姿が過る。
不思議だな。
ちゃんと会うのは火星で会ったあの時以来で、
彼女の家族を預かるという約束が無ければ、俺には、あんな女、どうでもいいはずなのに。

『…ねえ、三日月君』

昔から、シンを知っていたような気がするんだ。

「あんた、シンの弟なんだって?」
『…それが…っ!!何の関係がある!!』
「あんたは…、今、目の前に生きていて、自分を大切に思ってくれているシンより、死んだクランクっておっさんを選ぶんだ…?」
『…うるさい!!!お前に!!俺の何が分かる!!!』
「分からないね。」

分かりたくもない。

「…――死んだおっさんの涙を拭う事ばかりに囚われて、目の前の姉の涙に気付けない奴の気持ちなんて。」

ごめん、シン。
あんたの弟、助けられなかったや。



■■■



…―――嘘だ…。信じたくない。

俺の目の前に立ち塞がるモビルスーツ。
敵のガンダムとの戦いを邪魔して現れた別の機体。目の前で、余裕そうに此方を見下ろしている。
通信を介して聞こえた声は、あまりにも聞き覚えがあり過ぎる声で。

俺の親友が、
マクギリスが、
こんな事、するはずがない。

「…マクギリス…ッ!!お前…ッ!!」

何かの間違いだ。
夢なら早く覚めてくれ。
心で懇願しても、状況は何も変わらず、残酷な現実のみが俺の目の前に広がっている。
操縦桿を握る手が汗で湿ってきた。
アインの誇りを利用し、カルタの命を利用し、アルミリアを利用し、俺の命まで。

冗談だと言ってくれ。
今なら、まだ、笑って責めて許せる。
(頼む――マクギリス…!)
しかし、その願いを打ち砕くかのように、マクギリスは残酷な言葉を俺にぶつける。

「まだ信じられないか?」
楽しそうな声だった。マクギリスのそんな声を、久々に聞いた。
どうしてもこの光景が信じられない俺に、「仕方ないな」と呟いて。

「シンの首元の傷は治ったか?ガエリオ」

…――いま、なんて。
「…マク、ギリス…?」
なぜ、あいつの首元に、傷がある事を知っているんだ。
なあ、マクギリス。
目の前の親友は、「流石ガエリオ。聡いな」と、言って。

「あれは私がやったものだ」

嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。

「君にも見せてやりたかったな。必死で抵抗しながらも善がる彼女の姿を」
「…マクギリス…ッ!お前…ッ!!!」
孤児院で、一人きりで怯えていたシンの姿を思い出す。
他人を寄せ付けず、俺にまで銃口を向け、心も身体もボロボロに傷付いたシンの姿を。
あれを、マクギリスが、やったと言うのか。
涙が頬を伝って落ちる。
「…お前…っ、!!あの時のシンが…っ!!いったいどれ程!!哭いて苦しんでいたか…!!」
あいつの震える身体を必死で抱き寄せた。
雪のように冷たくて、融けて消えて無くなりそうで、必死で体温を分けて繋ぎ止めた、あの時を。
マクギリスは小さく笑い声を漏らした。

「そうか…。それはこの目で見たかったな」

(ああ、マクギリス、お前…ッ!!)
グングニールで応戦する。しかし、相手のモビルスーツはビクともしない。こちらはガンダム・フレームだと言うのに、完全に押されている。
カァアアアン、と、武器を弾かれて、身動きを封じられてしまった。
派手な音を立ててコックピットに突き刺さったヴァルキュリアブレード。俺の直ぐそばを掠めて抜けて行く。
カハッ、と血を吐いた。
マクギリスは「外したか…」と呟いた。

動かないキマリス。
操縦桿を持つ手が震えている。
口の端から血が滴って苦しい。鉄の味と匂いがする。
(ああ、俺は、親友に殺されるのか?)
俺達が一緒に過ごしてきた時間は、お前の心に何も響かなかったと言うのか。
親友だと、思っていたのに。

「友情、愛情、信頼、そんな生温い感情は、残念ながら私には届かない。怒りの中で生きてきた私には」

(マクギリス、俺は…!!)

静かに、天を、仰いだ。



2016.05.21

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