ああ、こんなにも気持ちが穏やかだ。
こんな事ならもっと早く阿頼耶識を埋め込めば良かった、と俺は思う。

『分かる…ッ!!考えなくても分かる…ッ!!』

あんなにも考えて戦っていた時とは大違いだ。
直感で身体が動く。
今の俺は、誰にも負ける気がしない。
今なら、あのツノ付きの機体だって倒せる自信がある。
『これがそうなんだ…!!これこそが…!!俺が本来あるべき姿…!!』
天を仰ぐ。

瞬間、頭の隅に蘇る記憶。

『…――そうだ…!!思い出しました…!!』
なぜ、忘れていたのだろう。
こんな大切な事を。
『申し訳ありません…!!クランク二尉…!!俺は…!!あなたの…あなたの命令に従い…クーデリア・藍那・バーンスタインを…ッ!!!捕獲しなければならなかった!!!!』
全ての始まり。元凶。
彼女さえ、大人しく此方に来ていれば、クランク二尉が死ぬ事は無かった。
クーデリア・藍那・バーンスタイン
絶対に、俺の手で。
『…、?』

瞬間、舞い散る砂塵の中、
ザッ、と、俺の前に進み出る、一人の少女。
凛とした声で、俺に叫んだ。

「私がクーデリア・藍那・バーンスタインです!!!私に!!!御用がおありですか!!!」

『ああ…、こんなところにいたのですね…。CGSまでお迎えに上がったのですが…』
と、そこまで話して、急激に怒りが沸き起こる。
あの時。
あの時に、ちゃんとしていれば。
この目の前の少女が、大人しくこちらに来てくれていたら。
クランク二尉は、
クランク二尉は…!!
『なぜあの時私達から逃げたのですか…!!すぐこちらに出て来てくだされば…!!クランク二尉が死ぬことはなかった…!!!そもそもあなたが!!独立運動などと言い出さなければ!!!』
溢れた怒りはもうおさまらない。
びっくりするくらい、身体中を怒りが支配する。
他の感情が入り込む隙も無いくらいに。
そして、俺はひとつの答えに辿り着く。
『ああ。そうか…。あなたのせいでクランク二尉は…』
「私の行動のせいで…!!多くの犠牲が生まれました…!!!しかし…!!だからこそ私はもう立ち止まれない!!」
『その思い上がり…!!この私が正す…ッ!!!!』
アックスを振り上げた、刹那、

「…――アイン!!!!!」

誰だろうか。
でも、ひどく、心を揺さ振る、
凛とした声が響いた。



■■■



掻っ払ったバイクに跨り、私はアインと三日月の決戦の地へと全速力で向かっていた。
(お願い!!間に合って!!)
結局、グリムゲルデに勝てそうなモビルスーツを手に入れる事は出来なくて、今さっき、無いよりはマシだ、と、別のモビルスーツを仕込んで来たところだった。
このモビルスーツを手に入れるのに、少しばかり苦労してしまい、こんな時間になってしまった。
(本当は、ガンダム・フレームとか欲しかったんだけど)

「おい!!そこのバイク!!止まれ!!」と叫ぶギャラルホルンの隊員達。そこに居たら轢いちゃうんですけど!!
「ああああッ!!!邪魔ァッ!!!」
バイクから両手を離して立ち上がる。
バイクの手放し運転など、特殊工作員の訓練で何度もやって来た。今この瞬間、ほんっとに工作員やっていて良かったと思った。
自由になった両手に、これまた掻っ払ったライフルを構えて、思いっきりトリガーを引いた。
派手な音を奏でて飛んで行く銃弾。勿論、威嚇射撃である。
突然の発砲に驚いた隊員は物陰に隠れて銃弾を避ける。モーゼの十戒の如く道が開けて、そのど真ん中をエンジンをふかしたハーレーが通り過ぎた。
(…アインはどこ?!)
弾の切れたライフルを道に投げ捨てる。こんなもの、アイン達のところまで持って行っても、何の役にも立たない。
あとは、この、心で、言葉で、何とかするしかない。

(…いた!!!)
あの大きさのモビルスーツだ。直ぐに見付けた私は一先ず胸を撫で下ろした。しかし、様子がおかしい。
(三日月は…?!バルバトスは…ッ?!)
本来ならば、ここで、三日月が割り込むはずなのに、気配すら感じない。
私の知っている未来と、若干のズレが生じている。

クーデリアに向かって振りかざされた専用の大型アックス。
全てがスローモーションに見えて。
(嘘…っ!!)

「…――アイン!!!!!」

思いっきりアクセルを全開にして、バイクごと飛び込んだ。
刃が当たる寸前のところで、クーデリアと、彼女を庇おうとしていたアトラを抱きかかえて滑り込む。
ズザザザザアアア!!と大きな音を立ててバイクが建物に突っ込む。ああ、五百万が…と不謹慎にも脳裏を掠めた。
幸運にも、バイクから放り出された私達三人は軽傷を負ったが大事には至らなかった。
(いや、嘘。私、傷口開いた)
タイムリープの代償が此処に来た。あれからだいぶ時が流れたと言うのに、まだ完全に塞がってはいなかったか。
(…っく、)
じんわりと赤く染まる脇腹を抑え、私はクーデリアとアトラに私から離れるように促した。
「あなたは…?」
「私ね、あの子の“家族”なの…」
駆け寄って来たオルガに二人を預けて。

「姉として、弟を、止めに来た。」

彼を見上げる。
三日月は、まだ来ない。
(でも、三日月が来ないって事は、まだガエリオの元にマクギリスが行ってないって事だ)
三日月が来るまでが、最後のチャンス。
アインを、私の弟を、人間として、終わらせる、最後のチャンス。

「アイン!!!」
『シン姉さん…?』
「そう!!私!!」
アインはゆっくりとした動作で此方を見下ろした。
『ああ…、シン姉さん…会いたかったです…!!ボードウィン特務三佐は何度か会いに来てくれましたが、シン姉さんは一度も俺に会いに来てくれなかったから…もう…こんな姿の俺は、弟じゃないって思われたのかと心配していました…っ。でも…こんなところで会えるなんて…!!』
「アイン!!聞いて!!」
一歩踏み出す。
大きな声で、彼に届くように。
「もう!!こんな事はやめて!!!」
『シン姉さん…何を言って…』
「君は利用されているの!!こんな馬鹿な事やめて!!!」
『馬鹿な事…?シン姉さん…、何でそんな事を…』
俺の、優しかった姉が、何故、自分の行為を否定するのだ、と混乱しているのが分かった。
「クランク二尉もこんな事望んでいない!!!思い出して!!!君はこんな酷い事が出来る子じゃない!!!」
『シン姉さん…!!何でそんな事を言うんですか…!!!あなたこそ…!!!そんな事を言う人じゃなかった…!!!』
と、そこで、クーデリア達の方を向くアイン。
『…ああ、そう言う事だったんですね、シン姉さん…』
先程、私が彼女達を助けた意味が分かったらしい。ゆらりと揺れ動くグレイズ・アイン。
(ああ、私は…)
『シン姉さん…俺は…本当に…!!あなたの事を姉のように思っていたのに…!!この仕打ち…ッ!!』
俺を、裏切ったのか、と。

私に振り下ろされたアックス。その切っ先が、反射して煌めいた。
(ああ、)
ギュッと目を閉じる。
(私は、また、誰も、救えないのか。)

刹那、
風が、私をさらって。




「――バルバトス…、!」

じわり、と涙が出てきた。
「此処に居たんだ、あんた」と、三日月の声が聞こえる。
『…はやく行かないと、ガリガリ、死んじゃうよ』
その言葉に、私は大きく目を見開いた。
私が、ガエリオを救いたいと、知っていたんだね。
『あんた、ギャラルホルンの人間だけど、何故か敵だとは思えないから。ガリガリは嫌いだけど、あんたが助けたいなら行けばいい』
「でも…っ!!でもぉ…っ!!!」
やっぱり、弟なんだよ。アインは、私の、大切な弟なんだよ。
倒されるのは分かっている。どうしようもない事も。
でも、せめて、倒されるのが決定事項なら。
化け物として倒されるのではなく、人間として、尊厳のある死を、迎えて欲しかった。

オルガが私の肩を掴んで首を振った。

「…あれは、もう…、あんたの愛した弟じゃない」

「…っ、!」

「あんたに刃を向けた瞬間、あいつはあんたの弟じゃなくなったんだ」

ズシリとその言葉が胸の奥に沈んだ。
オルガは小さく苦笑する。
「早く行け。それ以上に救いたい奴が居るんだろ」
「でも…」
食い下がる私の背中を押した。
「大丈夫」と言って。

「ミカがなんとかしてくれる」

あとは任せろ、と。
その言葉が、全ての柵を取り払うように、私の中に入ってくる。
(ごめん…アイン…)
私は涙を流しながら小さく頷いた。

「…よろしく…お願い、します…っ」

ねえ、アイン。
初めての姉弟喧嘩が、こんなになっちゃうなんて、思いもしなかったね。




2016.05.20

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