項垂れた俺の傍に寄って来たマクギリスは、俺を慰めるかのように言葉を紡いだ。
「彼が望んだ事だ。お前は上官として彼の望む最高の選択を与える事が出来たんだ。あとは、雪辱を晴らす為の最高の舞台へと、彼を誘ってやるだけ」
ぽん、と肩に手が置かれる。
しかし、俺はこの遣る瀬無い気持ちと、とてつもない罪悪感を拭い切れなかった。
アインの延命を望んだが、まさか、あんな形で延命させられるとは思っていなかった。
文字通り、モビルスーツと一体になったアイン。
再び戦場に戻れる身体だ。
上官の仇を討てる身体だ。
だけど、

シンが、触れられる身体じゃない。

(俺は…どうすれば良かったんだ…?)
シンは言っていた。
アインは諦めよう、と。
その通りにすれば良かったのか?
延命を諦めて、人間として、終わらせるべきだったのか?
今となっては何が正しかったのか分からない。
(俺は、ただ、)
あの姉弟の、微笑ましいやりとりを、また見たかったんだ。

「ガエリオ、堕落したギャラルホルンにおいて、君の心の清らかさは、如何に守られて来たのだろうな」
「バカにしてるのか…?」
「本気だ」
マクギリスは言った。
「お前だけじゃない。アインも。ギャラルホルンに変革をもたらすのは、君達の良心だと、私は思う」
「アインも…?」
「ああ。今回の作戦が成功すれば、彼がギャラルホルンに残す功績は計り知れないだろう。たとえどのような姿になっても、この戦いによって、彼は英雄となれる」
そうか、そうなったら良いな。
涙が浮かんできそうになる。
シンが愛しそうにアインの名を呼ぶ声が、永遠と脳内に響いている。
あいつに、何て、言えば良いんだ。
(きっと、怒って、悲しむだろう…)
俺は前髪を掻き上げた。

「…ありがとう…。我が友よ…」



■■■



「ガエリオ」
私は俯いている彼に優しく呼びかけた。
やっぱり君は、アインに、阿頼耶識を埋め込んでしまったんだね。
予想していた最悪の事態。しかし、彼に悪気があった訳じゃない事を私はとても良く知っている。
誰も、彼を責める事なんて出来ない。
ガエリオは、私の声に、力無く顔を上げた。

「シン…、俺は…アインを…」
その唇に人差し指を添えて遮る。
「言わなくても良いよ。ガエリオ。全部、知ってる」
ガエリオは、私の科白に目を見開き、表情を歪ませる。
縋り付くような、助けを求めているような。そんな、眼差しが突き刺さる。
「君は悪くない…アインの事を考えてした事だもの…」
敢えて、悪い奴を挙げるとするなら、この私だ。
全てを知っていた癖に、最悪の事態を防ぐ事が出来なかった。
アインだけじゃない。カルタだって、救う事が出来たかも知れないのに、私は、彼女を振り向かせる事が出来なかった。彼女が、これから死にに行くのを、止めなかった。
「…ごめんね…ガエリオ…」
「何でお前が謝るんだ…?」
「私は…、今、酷い事をしている…」
ガエリオは「何を言ってるんだ?」と言いたげにこちらを見詰めた。
私は、君を救いたいと言う身勝手な願いの為に、君から大切なものを次々奪っている。
「…理由は聞かないで…。ただ、謝らせて…」
悲しく微笑む。
ガエリオは、私の頬に手を触れた。
静かに見詰め合う。

「…俺達…、酷い顔してるな…」
「うん…、本当に酷い顔…」

泣きたくなりそうになるのを堪えるように、下唇を噛む。
アインの事を何度悔やんでも、もう過ぎてしまった事だ。どうにもならない。
阿頼耶識を埋め込まれた彼。何度も時を廻って来たから分かる。こうなった彼に残された未来は、三日月に負ける、そのひとつしか無い。
(私のせいで…)
自分の意思で戦いに赴いたカルタはまだしも、アインは、私を、ガエリオを庇って負傷した。
(だからこそ、私は、アインに…、アインを…、)
無駄な足掻きかも知れない。でも、姉として、私は、最後まで出来る事をやる。

私はガエリオに告げた。
「ガエリオ…、私は、しばらくの間、君に会えなくなる」
「…どういう事だ?」
「準備しなきゃいけない事があるから、その為に、少し君の前から消える」
来る最後の戦いの為に、武器とモビルスーツを用意しておかなければならない。
以前、例の古書屋にモビルスーツを頼んでおいたが、きっと用意していない。元特殊工作員の勘だ。多分、裏でマクギリスと繋がってる。追われていた私をマクギリスが簡単に見つけられたのも、ナルバエスと揉めている事を知っていたのも、多分、あの古書屋の店主が全部情報を流したからだと推測している。
(別に良いけどさ…、でも、モビルスーツが無いのは大きな痛手だなあ…)
グリムゲルデに勝つには、今から仕込んでおかなければいけない。
(アインもこの状態で…、これからカルタも君の前からいなくなる…。一番つらい時に、君の傍に居られないのは心苦しいけど…)
もう少し、
あと少し、なんだ。
ガエリオは力無く私を見詰めた。そんな彼に向かって告げる。
「でも、約束する」
彼の胸元の指輪に触れて、
「必ず、君のもとに帰る。絶対に、君を…」
これ以上は、言えない。

「私の代わりに、この指輪が君を守ってくれるから、きっと」
「…まるで俺がお前に守られてるような言い方だな」
ガエリオは苦笑した。
「あれ?不服?」
暗い雰囲気を誤魔化すかのようにわざと明るくそう告げると、ガエリオは、再び苦笑を漏らして「バカか」と言う。
優しく、私の左手の薬指に触れて。
「俺も、お前の傍に居る。」
「……、」
「…必ず、帰って来てくれ…」
私は微かに笑う。
「うん、ぜったいに」

君を、救いに、戻るから。



2016.05.17

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