「…――そうか、無事、船に着いたか。ご苦労。彼らの要望には出来る限り答えてやれ」
何か変化があればすぐ報告を入れろ、と続けて通信を切る。
小さく息を吸い込んだ。
「やってくれる」と思わず吐き出した。
「それにしてもまだ生きてたとは、カルタもしぶといな」
私は、むかつくくらい澄み渡った海と青空を眺める。
カルタの顔を思い出して、眉間に深い皺を刻んだ。
「ここらで死んでいれば、これ以上生き恥を晒さずに済んだものを…。父上の苦り切った顔が目に浮かぶようだ…」
密かに笑う。
さて、次は、どうしてくれようか。

刹那、後ろの端末から、着信を知らせる音が響く。
『…――ボードウィン特務三佐が、本部に到着されたようです』
(そうか、ガエリオが帰ったか。)
私は前髪に触れながら考える。
そう言えば、アインが重傷、シンも意識を失って眠っていると報告を受けていたな。
(シンもよくやる)
かつての理解者だった彼女。
だからこそ、一番怖いのはシンであることを私は知っていた。
「わかった」とだけ答え、通信を切った。



■■■



「アインの容体はどうだ?」
暗い顔をしたガエリオに問いかける。
カプセルに入ったアインは、ここから見ても、酷い有様だと直ぐに分かる程。ガエリオは「相変わらずさ。生命維持装置に生かされているだけだ」と答えた。そんな彼に気になっていた事を訊く。
「シンも、負傷したと聞いたが…」
「ああ…、疲労と貧血で寝ている…。あいつにも…無茶をさせた…」
ガエリオは、申し訳なさそうに呟いた。そして、意味深長に胸元に手を置いた。
フッとシンの姿が重なる。彼女の仕草とまるっきり同じの、ガエリオのそれ。
(なんだ…)
疑問が掠めたが、それ程重要ではないだろう、と直ぐに頭から追いやる。
「…そうか、シンは寝ているのか」
色々と仕込んでおくには今がチャンスかも知れない。彼女は、私には持ち得ない、とっておきの駒を持っている。
その駒については、彼女の態度や発言から、薄々感づいてはいるのだが、それが正解だと言う確信が持てなかった。
(しかし、この推測が本当だったならば、彼女はすごいな…)
動かないアインを見詰める。
こうなることも、全部知っていたのだろうか、シンは。

「…アインについては…もう、答えは出ているのだろう?」
ガエリオに確認するかのように問うた。
アインに阿頼耶識を埋め込んでくれれば、私の描いた未来にまた一歩近づく。
(悪いな、私は利用できるものは何でも利用する…)
「…マクギリス…、俺はどうしても踏み切れん…。このままではアインを救えないのは分かっている…。奴の悲願だった上官の仇も討たせてやりたい…」
小さく続ける。「シンと…アインが…じゃれ合ってるバカな姿も…また見たい…」と。
後者のそれがガエリオの本心からの願いなのだろうな、と漠然と思った。
「しかし…その為に身体に機械を…人間である事を捨てろとは…」
俯くガエリオ。彼を落とすまで、あと少しだ。
少し、押してやればいい。そうすれば、瞬く間に闇に落ちる。
そう、昔の私とシンのように。
ガエリオはアインを見詰めている。

思い出すかのように、「シンが…」とその名を紡いだ。

「…シンが…言っていた…。アインは諦めよう、と」
「ほう…、なぜ…?」
「理由は…教えてはくれなかった…。だが…あんなに取り乱したシンは…見た事がない…。俺は不安なんだ…」
アインから、目を逸らし、私を見据える。
親友のお前になら言える、いや、親友のお前にしか言えない、と。まるで、助けを求めるかのように。

「シンは…これから起こる事を…、知っていて、行動していたのではないかと…時々感じる…」

それは、私の求めていた核心だった。
「何故そう思う?」
「俺が、怪我をする前、アインが怪我をする前、誰かを守りたい時…、シンは、自分も戦うと言って聞かなかった…。叶えたい事があると…、モビルスーツまで引っ張り出して…」
「叶えたい事…?」
「内容までは分からない…。言ってくれない…」
小さく苦笑するガエリオ。そして、何かを思い出したのか、「ただ…」と続ける。

「それを叶える為に…、長い時間を…彷徨ってきた、と哭いていた…。」

もう、そこまでで、十分だった。
(そうか、シン…やっぱり君は…)
溢れてきそうになる笑いを噛み殺す。
(面白い…やっと繋がった)

「…来てくれ、ガエリオ。見せたいものがある…」

“その”場所に彼を案内する。

(ああ、シン…)
蘇るあの光景。


彼女のなかに白濁をぶち撒けた後、
共に果てたシンを嘲笑うかのように見下した。
涙が一筋。
震える唇。

声には出ていなかったが、確かに彼女の口の動きはそう言った。
助けを求めるかのように、
小さく、

…―――ガエリオ、と。


(本当に、手強くて厄介な女性だったよ、君は)
しかし、それももうじき終わる。

…――シン、君は、

ガエリオの為に、同じ時間を繰り返している。

―――そうだろう?

(チェックメイトだ、シン)




2016.05.15

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