こう言う時、どうすればいいの分からない。
もはや植物人間となったアインを見て、俺は涙を堪えた。
「あらゆる手立てを講じております。ただ、臓器の大半が、機能不全となり、全身の壊死も…」
「分からないのか!!何としてでもあいつを戻せ!!」
「ですから…っ!延命を望むなら…っ!どうしても、機械的、工学的…っ」
「ふざけるな!!やつを機械仕掛けの化け物にするつもりか!!」
俺は医師に掴み掛かった。医師に掴み掛かるのはこれで二度目だ。
シンの時と、アインの時と。
俺は、いつも、大切な人や誰かに守られてばかりだ。
今回の戦いで、痛い程に実感した。
己の無力さを思い知る。
(俺は、優秀な部下を失っただけでなく、シンから愛する弟も奪ったんだ…)
だから、どうしても、アインに、元のように、治って欲しかった。

『アーインっ!』
『なんです?シン姉さん』
『ここ、寝癖ついてるよ』
『えっ!!本当ですか!!』
『ほんとほんと!ほらここ!』
『わ…っ!ちょっと、直して来ます…!』
『待って、私が直してあげるよ。ほら、屈んで?』
『擽ったいです、シン姉さん』
『もう少し我慢して〜!』
『……』
『……、はいっ、終わり!こっち向いて?』
『どうです?』
『うん!オッケー!可愛い!』
『可愛いってなんですか…』

楽しそうにじゃれ合う二人を思い出す。
あまりの仲の良さに、嫉妬する日もあった。
けれども、二人が本当の姉弟のように仲良くする姿を見るのは、正直、嫌いじゃなかった。
(もう一度、あの光景を…)
グッと拳を握り締める。

「戦士として戦場に戻れる身体に…っ!!上官の仇を討てる身体に…っ!!」
…――シンが、触れられる身体に。

自分が、情けなくて、仕方ない。
俺は、こんなにも、無力だ。



■■■



最悪の結果になってしまった。
(アイン…なんで、私達を庇ったの…?)
伸ばされたシュヴァルべのアーム。
通信を介して聞こえた、びっくりするくらい焦ったアインの叫び声。
前に、私が二人の盾になったように、今度は、アインが――…
じわじわと涙が浮かんできた。
(ねえ、アイン…このままじゃ、私は…君を、見捨ててしまう…)
医務室で彼を抱き締めた時の感覚が蘇る。
生きてて欲しい。
生きてて欲しいけど、
グレイズと一緒になっちゃうくらいなら、
この手で再び抱き締める事が出来ないなら、
このまま安らかに、人間として…。
(最初の“あれ”と同じだ…)
アインの生死を巡って、ガエリオと初めて大喧嘩したんだった。
まさか、再び、繰り返すなんて、思いもしなかった。
あの時は、アインがどんな人間か知らずに、第三者からの視線で「人間として終わらせるべきだ」なんて冷たくガエリオに言ったけど、
(こんなにも、つらい)
彼は、もう第三者じゃない。私に関わりの無い人間じゃない。
弟なんだ。
大事な大事な、弟なんだよ。
顔を覆って壁際に寄り掛かり、崩れ落ちた。
「…アイン…っ、!アイン、ごめんね…っ、!!」

私は、君を見捨てて、ガエリオを救う道を選ぶ。

果てしない時の中を、苦しみ、血反吐を吐きながら、巡ってきた。
そのたった一つの願いの為に、弟を見捨てる。
恨んでくれても構わない。罵ってくれても構わない。
私は弟を見捨てたと言う罪を背負いながら生きて行く。
そして、この願いを、必ず叶える。
何をしてでもガエリオを救う――それは、最初から、決めていた事だ。
(私が無力だったから…アインを救えなかったんだ…)
「…ごめん、…アイン…っ、」
何度謝罪しても足りない。


「シン…」
ふと、私を呼ぶ声が聞こえた。
顔を上げると、そこにはガエリオ。私と同じで酷い顔をしている。
「アインの事だが…」
「…知ってる。機械的、工学的な処置を取らなきゃ助からない」
ガエリオは一瞬、言葉を詰まらせ、「ああ…」と答えた。
私は浮かんでいた涙を強く拭って立ち上がる。
「ガエリオ、」
「なんだ…?」
「アインは…、諦めよう…」
一気にガエリオの目が見開く。
ああ、その表情、最初の君と全く同じだよ。
「なぜ…姉のお前が…そんな事を言うんだ…」
「…ガエリオは知らなくていい…」
そう、ガエリオまで、苦しむ必要はない。
だから、全部、私が背負う。
静かに呟いた私に、ガエリオは「まさか…」と言葉を紡ぐ。
「お前の願いの為か…?」
鋭い。
何とも言えなかった私は、無言を貫いた。しかし、無言は肯定しているのと同じだ。
ガエリオは私に叫ぶ。
「見損なったぞ!!弟の命を見捨ててまで、その願いとやらを叶えたいのか!!」
ぷつり、と何かが切れた音がした。
そうだよ。
「…――叶えたいよッッ!!!」
いきなり叫んだ私に驚いたのか、ガエリオは一瞬たじろいだ。
その彼の胸元に縋りつく。
「ガエリオには分からない!!!」
顔を埋めて、情けなく慟哭する。
「ずっとずっと!!それだけを願って!!ひとつの星が生まれて朽ちて逝く程の長い時間を彷徨ってきた!!」
「何言ってんだ…訳が分からな…」
「分かってるんだよ!!たったひとつの私の我が儘のせいで!!大切な人を!!家族を!!見捨てて!!犠牲にしている事は!!」
――でも、でも…、

「あの時、伝えられなかった事が…あるから…っ!」

『…―――ねえ、ガエリオ…っ、私にも…、愛してるって…っ、!ちゃんと…っ、言わせて…っ!!!』


それを、伝えたいから。

「私は…っ、君に…っ、!」

ガエリオの服の下に、私が預けた指輪の固い感触がする。
それを握りしめるかのように、ガエリオの隊服を掴んだ。

「…非情だって…!!無情だって言われても構わない…!!私は…っ!!…きみを―――…っ」

刹那、
目の前がクラリと歪んだ。
(…――え?)
突然力が入らなくなって、私もガエリオも何事かと目を見開く。
「おい!シン!」と私を支えたその手が、真っ赤に染まっていた。
思わず脇腹を確認する。
(貧、血…?)
私は、意識を手放した。




2016.05.15

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