特殊工作員として培ってきたスキルを発揮するべき時が来た。
そう、いま、この瞬間。ジャスト!ナウ!

私は、乱暴にガエリオの部屋のベッドに投げ捨てられたせいで若干腹が立っていた。しかも、担ぎ上げられた時に少し傷口が開いたみたいで、隊服にじんわりと血が滲んできた。痛い。
(でも、それくらい容赦なかったって事は、それ程、私を出撃させたくなかったって事だよね…)
複雑な心境だった。
でも、今回ばかりは、出なくてはいけない。
アインの――弟の命がかかっているのだから。
取り敢えず、扉のロックを外すべく、立ち上がった。
が、刹那的に、不謹慎だけど、「この部屋…ガエリオの匂いでいっぱいだ…」と変態じみた考えが脳裏を過った。
投げ捨てられたベッドを見る。
(この上で、ガエリオが寝てるんだよね…)
すぅ、と、シーツを撫でた。
(す…少しだけ…いいかな…)
―――葛藤。
(いや!ほんと!こんな時に何やってんだって感じだけど!こんな事滅多に無いし!)
誰にでもなく、一人で虚空に弁解する。中途半端に伸びた手が不自然に彷徨う。

そのまま数十秒。

(ああああ…だめだ…負けた…!!)
静かにシーツを引っ張って顔を寄せる。
肺いっぱいにガエリオの匂いを吸い込む。
(ああ、私、今、すごく変態っぽいことしてる…!)
でも、
「安心、する…」
その言葉と同時に、何故だろうか。涙が溢れてくる。止まらない。
これから起きる事を止められるのか物凄く不安だったのだと、ガエリオの香りに包まれて、やっと自覚した。
ガエリオを救えなかったら?アインを救えなかったら?
決戦前のせいか、そんな、マイナスの考えばかりが過ってくる。
(泣くのはまだ早いよ、私…)
自分に言い聞かせる。
気持ちで負けてはいけないと、この間、思ったばかりなのに。
(ぜったいに、まけない)
そう、この戦いで、アインとガエリオを救うことが出来れば、私の知っている最悪の事態にはならない。
もう少し。あと少しなんだ。
その願いを叶えるまで。
その先を手にするまで。

「行かなきゃ…」
握りしめていたシーツを離す。痛む脇腹を押さえつけながら、私は扉のロックの解除に取り掛かった。



■■■



「…―――いた!!!宇宙ネズミめ!!!」
鉄華団のシャトルを見つけた俺は、直ぐさま攻撃に移る。今が、クランク二尉の、敵を討つ時だ。
この時をどれ程待ち侘びたか。
やっと、やっとだ。
乗り込むのは、ボードウィン特務三佐から譲り受けたシュヴァルベ・グレイズ。共に戦うのは上官のボードウィン特務三佐が乗り込むキマリス。
…――負ける気がしない。
『よく見付けた!アイン!』
「ネズミのやり方は、火星から見てきましたので…ッ!」
操縦桿を握りしめる。
「それもここで終わらせる!!!」
こちらに気付いた鉄華団も応戦してくる。

あの下品な色――クランク二尉の機体――あれだけは、なんとしてでも仕留めて奪い返す。

(…―――捕らえた…ッ!!)

「これならば阿頼耶識とやらも関係あるまい!!」
やっと、捕まえた。
クランク二尉の姿が脳裏に蘇る。
優しく俺に話しかけてくれた。
「汚名を着せたくない」「子供を手に掛けたくない」と行ってしまったその大きな背中。
あんなに優しかったクランク二尉を、殺された怒りが沸々と湧き上がる。止められない。
「クランク二尉は、お前達に手を差し伸べてくれたはずだ!!」
『…―――アイン、』
クランク二尉の声。
「それをお前らは…ッ!!振り払って…ッ!!!」
『…――人間としての誇りに、血筋など関係ない。』
優しく手を差し伸べてくれた、クランク二尉。
「お前らがぁあああ!!!」
クランク二尉…。
クランク二尉…ッ!!


『…――――アイン〜っ!!』


不意に、何故か、シン姉さんの声が、優しく頭に響いた。


『…――君の事は全然汚いとか思ってないから』

『…――本当の家族は知らない。孤児院の皆が私の家族』

『…――ナルバエス一尉なんかじゃなくて、名前で呼んでほしいな』

『…――行こう。アイン』

『…――地球、行こうか!』

『…――アイン!ただいまぁ!』

『…――あのね、アイン』


『…――アインは…もう…私の…孤児院の皆の…家族だよ…』


瞬間、俺の横を、一筋の閃光が走った。
(…――え…っ、)
今の閃光はなんだ、と確認する。
嫌な汗がどっと流れて。
(…っ、!)
その閃光の正体が何なのか分かった刹那、俺の心臓は止まった。
(…――グレイズ!!!まさか!!!)
頼む、誰か、これが幻だと言ってくれ。
グレイズの向かった先を見る。そこには、今にも倒されそうなボードウィン特務三佐の乗っているガンダムキマリス。

あの瞬間が蘇る。
俺と、特務三佐を、
身を挺して守ってくれた、彼女を。


「…―――シン姉ぇえええッッ!!!!」


嫌だ。シン姉さん、
あなたまで、遠くにいかないでください。

『…―――置いてかない。約束する』

嘘、つかないで、シン姉さん。

俺は、シュヴァルベは、
必死で、二人に手を伸ばし、
いつかのシン姉さんのように、キマリスとグレイズを掴み、投げ飛ばした。

(…―――ッッ、!!!)

「…―――ぐ、あ″あ″あ″ああああ…ッッ!!!!」


身体全体に感じる痛み、熱。
目の前が、真っ赤に染まって、息が苦しい。

『…――アインーーーッッ!!!』
『…――アイン…ッ!!!』

二人の、声が聞こえる。
大好きな、二人の、声。
何故だ、と、俺を咎める。
俺は、小さく苦笑した。
もう、駄目だと分かると、人間は笑ってしまうんだな。
苦しく呼吸を繰り返す。


「ボードウィン特務三佐…あなたは…誇りを失った俺に…もう一度…立ち上がる脚をくれた…」


そして、


「シン姉さん…、あなたは…、俺の“家族”です…、」


つう、と何かが頬を伝った。
血かと思ったそれは、涙だった。

「あなた達を…見殺しには…、」

視界が暗くなっていく。
二人の声が、遠くなる。
クランク二尉の敵は討てなかったけれど、二人を救えただけで、もう、十分だった。
思い残す事は、無い。

『いやだ!!アイン!!!置いてかないで!!!アインーーーッッ!!!』



…――いや、嘘だ。



せめて最期は、
泣き顔じゃなくて、


あの、向日葵のような、笑顔が見たかったです。
シン姉さん。




2016.05.15

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