それは、遡ること数時間。

『三日月!どうしてトドメを刺さねえ!!』
昭弘からの通信が入る。三日月は小さく「でも…この人…」と小さく呟いただけで、トリガーを引こうとはしなかった。
通信を介して聞こえた声は、一度、聞いた事のある声。そう、その時、三日月は「チョコレートの隣の人の介護士」と言っていた、あの――…

「あんたの守りたい人って…ガリガリの事だったんだ…」
火星で言われた事を思い出す。
自分は敵ではない。大切な人を守りたいだけだ。
その人を守れるなら自分の命を懸けてもいい――本当に…、

「本当に…命懸けるんだね…」

大破したグレイズを見て、呟いた。



■■■



「…シン姉さん…良いですか?」
部屋のドアを開けて彼女の様子を覗き込む。
ベッドの上で何かをしていたシン姉さんは、俺の顔を見るなり「アイン!」と向日葵が咲くかのように微笑んだ。

「起きてて大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
おいでおいで、と手招きする彼女に、素直に甘えて近寄ると、シン姉さんの膝の上でグッスリ眠っているボードウィン特務三佐の姿を捉える。
(特務三佐の頭を撫でていたのか…)
この方に、こんな事が出来るのは、きっとシン姉さんしか居ないだろうな、と、ぼんやり思う。
シン姉さんは少し照れ臭そうな表情で「シー…」と口元に人差し指を当てた。分かってますよ、の意味で、俺も人差し指を口元に当てて笑った。

「なんかとても疲れてたみたいなの」
小声でそう告げる。「幾ら聞いても答えてくれなかったんだけど、ずっと私の傍に居てくれたのかな?」と問う。
俺は苦笑を浮かべて「すみません、」と答えた。
「特務三佐に口止めされてるんです」
「ええー…アインまで意地悪するのー…?反抗期?」
「そうかも知れないです」
クスリと笑う。座って、と言うようにベッドをポンポン叩くから、静かにベッドサイドに腰掛ける。
シン姉さんは、先程、特務三佐にしてたように、俺の頭を優しく撫でてくれた。

「ちゃんと…守れなくてごめんね…」
怪我した俺を見ながら謝る。
その言葉を言うべきなのは俺だ。上官を救おうとしたのに、まさか、自分諸共、姉に助けられるなんて。
情けない。自分は、こんなにも無力だ。
青白い顔のシン姉さん。元気そうに振る舞っても、本調子じゃないのは一目見てすぐ分かる。
「なんでシン姉さんが謝るんですか」と、先程の科白に返そうと口を開くが、それを言葉にする前に引っ張られて優しく抱き締められた。
「シン姉さん…?」
呼んでみても、言葉は返ってこない。
温かい身体をすぐそこに感じて、本当に、シン姉さんが生きてて良かった…、と思う。
その温もりに身を委ねるかのように、ゆっくりと目を閉じると、数時間前の、慌ただしさが瞼の裏に蘇ってくる。


『どうしてだ!!どうしてシンは目を覚まさない!!』
ボードウィン特務三佐の叫び声が艦内に響き渡る。
鉄華団と戦いで、俺と特務三佐は、ガンダムに殺されそうになった所を、シン姉さんに助けられて帰って来た。特務三佐は無傷。俺は軽傷。庇ったシン姉さんは傷を負って気を失ってはいるが、治らないものではなく、命に別状はないから安心しろ…そう言われてホッと胸を撫で下ろしていたのだが。
なんだか様子がおかしい。

『何があった!!言え!!』
処置室から慌ただしく出てきた医師に問い質すと、彼は、言いづらそうに視線を彷徨わせた。
『傷自体は深くなく、命に別状が無いのは本当です…。ただ、その傷が全く塞がらず、出血が止まらないのです』
『出血が止まらない…?』
『はい。普通ならば、弱い力で傷がくっ付き、出血は止まるはずなのですが…未だに出血が続いて非常に危険な状態です…』
『助ける方法は!?何か無いのか!!』
医師に掴みかかって叫ぶ特務三佐。
その剣幕に押されたのか、医師は小さく「輸血が…必要で…」と苦しげに答えた。
『血液は?!あいつの血液型は特殊なものじゃないだろう!!』
『しかし…』
と、そこまで言った医師の言いたい事が分かったのだろう。特務三佐は、怒りの表情を露わにした。
ここまで、特務三佐が怒った姿を、俺は見た事が無い。
『孤児院出身の人間には貴重な血液を分けられないって言いたいのかッ!!!』
『そ、そんな事は…』
『じゃあ何故誰も輸血しない!!何かあった時の為に血液のストックはあるんだろう!!!』
医師は、「う…っ、」とばつが悪そうに外方を向いた。
『お前らみたいな奴が居るから…!!世界は腐敗していくんだ!!シンの何処が汚い?!!お前らの方がずっとずっと汚いだろう!!』
だん!と、乱暴にその医師を壁に叩き付けた。
そして、グイッと腕まくりをすると、ボードウィン特務三佐はそのまま処置室に入ろうとする。
『とっ、特務三佐…!何を…!』
『決まってるだろう!!』
此方を振り向いて。

『俺の血を輸血する。』

その場の空気が凍り付いた。
医師が弾かれたかのように特務三佐を止めに入る。
『とっ、特務三佐!それはさすがに!』
『何でだ。俺とシンの血液型は同じだ。何も問題は無いだろう』
『いえ!今からストックを出してきます!!』
『もう良い。そんなのものは要らん』
必死で止める医師達。俺は、彼らの焦っている理由が分かってしまった。きっと、特務三佐も気付いている。
セブンスターズの、ボードウィン家の、高潔なる血を、孤児院出の人間に輸血するのはまずい、そう、思っているのだ。
特務三佐は眉間に深い皺を刻んだ。
『他人の血液すら出せないお前達とは違う。俺は、シンの為なら幾らだって、この血を差し出す』
特務三佐の瞳は、本当に、シン姉さんを助けたいのだと言っていた。
(愛しているんですね…シン姉さんを…)
そのまま、愕然とする医師達を放って処置室に入ろうとする特務三佐。その背中に、思わず叫んだ。
『特務三佐!!』
『なんだアイン、俺は急いでるんだ』
『自分も…、っ!!』
と、そこまで言って言葉が詰まる。
俺も、シン姉さんを助けたい。
(助けたい、けど、)
孤児院出だと下に見られているが、それでも彼女は純粋な地球人だ。特務三佐は兎も角、俺の…半分、火星の血が混ざった、穢れたそれを…、シン姉さんの体内に、入れるなんて。
戸惑う俺。呼び止めた癖に突然喋らなくなった俺を見て、特務三佐は「アイン」と口を開いた。
『お前も怪我人なんだから、安静にしてろ』
『特務三佐…っ!自分は…!』
思わず一歩踏み出す。特務三佐は、俺の言いたい事が分かったらしい。
『お前のその気持ちだけで充分だ。シンはとても嬉しがるだろう…。“弟が必死で自分を救おうとしてくれた”ってな』
『…っ、』
俺は、なんて、無力なのだろう。
特務三佐は静かに苦笑した。
『ここは俺に任せろ。シンは必ず助かる』
去り際に、呟く。

『だから、シンが目覚めるまでに、その泣き顔をどうにかしろ』


「…シン姉さん、」
「なあに?アイン」
先程の不安と恐怖を思い出す。シン姉さんは、そんな俺の心境を敏感に察知したらしく、抱き締めてくれたまま、優しく俺の背中をさすってくれる。
「シン姉さんまで…俺を置いていったら…許しませんからね…」
クランク二尉の姿がシン姉さんに重なる。
もう、失いたくない。
俺を、受け入れてくれた、大切なひと。
「…置いてかない。約束する」
ギュッと、抱擁に力が入る。
照れ臭くて、思わず下を向いた時だった。

ボードウィン特務三佐と目が合った。
(い、いつから起きて…ッ!)
サア…と血の気が引いて、身体が固まる。
特務三佐はシン姉さんが見えない角度から恐ろしいくらい冷たい笑みを浮かべている。
「シン姉さん…そろそろ…」
身体を離そうとするが、「んー…もうちょっとー…」と擦り寄る。
待ってください、シン姉さん、特務三佐、起きてます。
「…あのね、アイン」
「な、なんでしょう…?」
「私はアインを置いていかない。だから、アインも私を置いていかないで」
それは、まるで、自分が彼女を置いて行くかのような言い方。思わずムッとして「そんな事しませんよ…」と答える。シン姉さんは笑った。
「アインは…もう…私の…孤児院の皆の…家族だよ…」
「…、!」
俺は、思わず言葉を失う。
こんな俺を、家族と言ってくれるのか。
嬉しさと、驚きと、申し訳無さと、いろいろな感情が沸き上がる。
ふと、特務三佐の方を恐る恐る確認すると、
特務三佐は、声を出さずに口ぱくで、「今だけは見逃してやる」と意地悪く笑い、
再びシン姉さんの膝の上で眠りに就いた。




2016.05.11

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