『ガエリオ、酷い顔してる』
『当たり前だろう。部下をこんな状態にされて、平生でいられるはずがない』
動かないアインの姿を見る。
アイン・ダルトン――部署の違う私はあまり会ったことが無いから、彼がどんな人物かは分からない。ただ、ガエリオの部下だと言う事は彼から聞いて知っていた。今まで会った事のない、真っ直ぐな男だと、言っていた。

『…助からないよ…。こんな状態じゃ』
とても言い辛いけど、ガエリオに告げる。
誰に言われたのか知らないが、阿頼耶識をアインに埋め込む事で、彼の命が助かるかも知れないらしいのだ。ガエリオは、その言葉に、どうするべきか迷っていた。
阿頼耶識は私も知っている――人体に埋め込むタイプの有機デバイスシステム。脳に空間認識を司る器官を疑似的に形成し、直接、脳で外部の機器を処理できるようにするものだ。
(それをあの見るからに重傷なアインに埋め込むと言う事は、モビルスーツと一体になるってことだよね?)
そんな酷いことをしてまで、彼の命を繋ぐ理由はあるのか。
火星から来た鉄華団とやらは自分の意志で埋め込んだのだからまだしも、意識のないアインに、「生きててほしい」という残された人間のエゴによって、彼を、人間じゃなくしてもいいのか。私は、いいとは思わない。
彼を、名誉のあるまま、人間として、終わらせるべきだ。
『私は、阿頼耶識、やめた方がいいと思う。この子は助からない』
『何を言ってるんだ…!お前は…ッ!アインが、どれ程、上官の敵を討ちたがっていたか知らないからそんな事が言えるんだ…!このままこいつを見殺しにする事はできない!アインの手で…!!俺達の手で…!鉄華団を倒すんだ!!』
『だからって彼を人間じゃなくしてもいい理由にならない!それはガエリオがただ満足したいだけ!アインは諦めるしかないよ!』
彼の態度に、思わず感情的に返してしまう。それがいけなかったのか、私達はそのまま口論に発展する。
『延命する理由が敵討ちの為!?バカみたい!彼の人生をそんなくだらない事で他人が操作していいはずがない!その上官だってそんなこと望んでいない!』
『くだらないだと!?』
『そう!くだらない!!』
睨み合う私達。
多分、以前の私だったら、阿頼耶識でも何でも埋め込めばいいんじゃない?と言っていた。
世界を、運命を、すべてを、憎んでいた私は、人の醜い感情がよく分かる。復讐したい気持ちも、恨む気持ちも分かる。
でも、

ガエリオ、君が、私を変えたんだよ。
私を変えた君が、アインの復讐の後押しをするなんて、絶対に許さない。

(それに、)
『鉄華団だって…生きるのに必死だったんだよ…』
彼らの生き様が、虐げられてきた私の過去に酷似していたからか、どうしても彼らを悪い人間とは思えない。正直、ギャラルホルンがこんなに必死で彼らを食い止めようとするのも納得できなかったし、こうなる前に、もっと他の方法があったのではないかと思ってしまう。
ガエリオは、私の呟きをあざとく拾ってしまったらしく『シン…!お前…!』と私の胸倉を掴んだ。
『鉄華団を庇うのか…!!』
『庇ってる訳じゃないけど…』
『じゃあ何だよそのセリフは!!アインの前で!!あのアインを見ながらもう一回言ってみろ!!』
だん!と壁に叩きつけられる。
背中が痛い。
『何すんのよ!!』
私もガエリオの胸倉を掴んで応戦する。
君は、私を、暗闇から日の下に連れ出してくれた人なのに。そんな事を、言ってしまうの?ねえ?ガエリオ。
『あいつらは倒すべき存在だ!!あんな、穢れた奴らを…!!このまま野放しにしていく訳にはいかない…!!アインの誇りを…!!踏みにじる奴はお前でも許さない!!』
『…――――、』
瞬間、身体が硬直した。

いま、ガエリオは…なんて…?

――過る記憶。
泥まみれになって、林檎を盗んだあの日々。
店主に泥棒ネズミが!と怒鳴られ、必死で生きて来た、あの日々。
汚いことでも、なんでもした。
全ては、生きる為に。

『……鉄華団は…穢れているの…?』
『お前はバカか!?あんな宇宙ネズミは当然―――…』

――パァン、と、乾いた音が響いた。
右手がジンジンと熱い。
いきなりの平手打ちに、ガエリオも驚いて絶句している。
左の頬を押さえて、私を見ている。

『…やっぱり…ダメだったね…』
「何を…」とガエリオは呟く。私は、力なく左手の薬指からシルバーリングを外した。
彼の胸に押し付けて。

『…この世に生まれ落ちた時から…なんでも持っていた君には…、私達のような、孤児の気持ちは分からない…』

『…おい…まて…、シン…、俺はそう言う意味で言ったんじゃ…』

『………さわらないで。』

その手を払う。
シルバーリングを受け取ろうとしない彼。
私は、それを握りしめていた手のひらを開く。

――カラン、と、私達の足元に指輪が落ちて転がった。

『君の傍には居られない。私は此処を出る』

さようなら、ガエリオ。
分かり合えなかったけど、
君の事、愛していた。



■■■



『ギャラルホルンも色々あるんだな』
シノ君の言葉に「んー…」と返す。
ギャラルホルンを抜けた私は、鉄華団のお世話になっていた。
食堂にて、私の過去とこれまでにあったことを聞いた皆は、温かく歓迎してくれた。
団長さんはまだ警戒してるっぽいけど(三日月君が「この人、嘘はついてないよ」と言ってくれたお蔭で渋々入団を許可してくれた)。
隣で同じくご飯を頬張っていた三日月君が「確かに、いろいろ大変そうだね」とシノ君の言葉に頷く。

『チョコレートの人も、なんだかんだ言って俺達に協力してくれてるし…ギャラルホルンも敵ばっかって事じゃないのかも…』
『ちょっと待って、“チョコレートの人”って誰?』
私の他に、ギャラルホルンから鉄華団側に来た人がいると言うの?
三日月君は「えーっと…」と思い出すかのように上を向く。

『ああ、そうだ…マクギリスって…言ったかな…』

(…―――、!)

『ちょっとごめん、私、行かなくちゃ…!!』




『…――マクギリス!君は…一体なにをしようとしてるの…!』
彼の元に急いで向かった私。
私が来るのを分かっていたのか、マクギリスは動揺も何も見せずに、ただただ優しげに笑う。
『君が予想している通りだよ。賢い君は、これから私が何をしようとしているのか気付いてここに来た』
「違うか?」と距離を詰める。
『嘘だと言って』
『嘘じゃないさ』
私を諭すかのような口調で言葉を紡ぐ。バカなことを言わないでくれ、と言いたげに、私の頭を優しく撫でた。
『…君は…、そこまで黒い人間じゃない…そうでしょう?』
『…その答えは君が良く知っているはずだ』
私達は同じだったのだから、と続けて。
『…マクギリス…っ、お願い…私の話を聞いて…』
縋るかのようにマクギリスの服を掴むと、彼の眉間に深い皺が寄る。

『君は…変わったな…』

『…え、?』
『以前の君は…、自分と孤児院の家族以外には興味も何も無かった…。そんなに、他人の為に、必死になる事など…決して無かった…』
グイッと腕を掴まれる。
『…そんなに、カルタとガエリオに情が移ったのか』

いや、違うな、と吐き出す。


『…――そんなに、ガエリオが好きなのか。』


(…――っ、)
『君は…変わらないと言ったのに…』
一瞬、物凄く怖い表情をするマクギリス。

『…――君は、私を、独りにするのか。』

腕を強引に引っ張られる。
特殊工作員をしていたのに、本当に突然すぎて、身体が動かなかった。
「彼女を閉じ込めておけ」の科白。私はガタイの良い男達に取り押さえられて、そのまま連行される。
『君は最後に取っておこう』
『…―――マクギリス…ッ!!!』

私の声は、届かない。

『いやだッッ!!!マクギリスーーーッッ!!!!』




2016.05.08

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