『…――この子を…ッ!!お願いします…ッ!!!』
『君も手当てを…!!』
『私はいいからこの子を早く!!!』
燃え盛る孤児院の中から出てきた私達。
助け出したレネを救急隊員に預けたら、一気に力が抜けてその場にへたり込んだ。
『お前はバカか!!何で一人で中に飛び込んだ!!!!』
いつも綺麗でキッチリしているガエリオの、有り得ないくらい汚い姿。煤と汗にまみれたままやって来て、力強く抱き締められる。
息苦しいくらいに、容赦無く抱き締められた。
彼の心臓の音が聞こえる。物凄く早い。
『ガエリオ…っ、ごめん…っ、ありがとう…、』
この火事は私のせいだから誰も死なせたくなかった――死なせたくなかった、のに、あの時、あの子と共に死を選ぶ覚悟をしてしまった。
真っ赤な世界の中で、心も身体も、情けないくらいに迷子になって。
全て、終わった、と思った。
ガエリオが、来なかったら、私と、あの子は、きっと――…
未だに燃え盛る孤児院を見据えて、私は再び小さく『ごめんね、』と謝る。ガエリオは震えていた。私の肩口に顔を埋めて、くぐもった声で言葉を紡ぐ。
『怖かった…』
もしかして、泣いているのだろうか、と、何処か客観的に思った。まだ、火の中にいるような感覚がする。今更だけど、私も身体が震えてきた。
『ねえ、顔、見せてよ』
『嫌だ』
『お願い。顔を上げて』
何でだろう。私のその言葉も涙声だった。
(ガエリオにつられたのかな、それとも…)
ガエリオは、私の声の震えに気付いたらしく、ゆっくりと、顔を上げて、私を見詰める。
物凄く酷い顔をしている。怯えているのか、怒っているのか、よく分からない、表現のしづらい顔。
『…怖かった…すごく…』
『ごめんね…、』
何度謝っても足りない。当然だろう。あんな大火事の中に飛び込む事は誰だって怖い。
私は、彼の背中に手を伸ばして優しくさするが、刹那、小さい声で、「違う、ばかやろー…」と吐き出される。
思わず彼を見上げると、
つう、と彼の頬を一筋の涙が伝い零れた。
(…――え、)
思わず目を見開いた。
彼の瞳から流れ落ちた涙は、一筋だけでとどまらずに、堰を切ったかのように次々と流れ落ちる。
『…ガエ、リオ…、?』
嘘だ。目の前の光景が信じられない。

『…――シン…お前が…っ、死ぬかも知れないと思ったら…物凄く怖かった…』

(…―――、っ!)
ぎゅう、と、心臓を掴まれたかのように、苦しくてたまらなくなる。

『…ガエ、リオ、…』
聞きたい事、伝えたい事はたくさんあった。でも、ありすぎて言葉がつかえる。
確かめるかのように、彼の頬に親指を這わせてその涙に触れる。
止まらない涙。
濡れる指先。
何だか、私も涙が込み上げそうになって、落ち着かせる為に大きく息を吸って吐いたけど、全然無意味だった。
ガエリオは私のその手を掴み、すり寄るかのような仕草を見せる。

…――ずっと、闇の中で、泥だらけで、生きてきた。
誰にも望まれずに産まれ、捨てられて、
生きる事に、生活する事に、必死で、もがき苦しんで生きてきた。
汚らしい孤児で、ナルバエスの奴隷。
そんな私の為に、

涙を流してくれた人間を、初めてみた。

『もう二度と…こんな真似はするな…ッ!!』
身体中に電流のようなものが駆け巡る。
その声に、私も彼の胸に顔を埋めて呼吸を殺した。
震えが止まらない。
(ああ、わたしは…わたしは――…)

『…ガエリオぉ…っ、!!』

先程の私がしたように、優しく彼の腕が背中に回って来て触れる。
震える二人。

燃え盛る孤児院と、けたたましいサイレンの音。

もう、耐え切れない。

私は、いつまでも、彼の胸の中で、情けなく慟哭していた。



■■■



『……。』
真っ黒になった孤児院を見詰めてあの時の火事を思い出す。
ナルバエスから逃げたいと思ったらこの仕打ち。結局私は逃げられずに、目の前の私の“家”を焼き尽くした張本人の奴隷として働き続けている。なんて惨めなんだ。
思わず溜息が出る。
施設がこの状態だから、ここに住んでいた皆も、バラバラになってしまって…。
いいとこに引き取られた子も居れば、幼いながらに働き出した子もいる。
あの無責任な私の一言で、彼らをバラバラにしてどん底に突き落としてしまった。
闇に生きてきた人間は、日の下に出るなって事なのか。
一体、私は、なんてことをしてしまったのだろう。

あの火事以来、どこか魂の抜けたような私を心配してついて来たガエリオが、私の隣に並んで「シン」と声をかける。
『…左手、出せ』
唐突だな。左手なんて出して何をする気だ。
『なんで?』
『いいから出せよ』
妙にソワソワしている彼。怪訝な顔で『はい、出したけど…』と左手を出すと、急に引っ張られて、薬指に固くて冷たい感触。
『っ、!何これ!』
思わず声を上げた。
そこにあったのはシンプルなデザインのシルバーリングだった。
『見れば分かるだろう。指輪だ』
『指輪は分かってる!私が言ってるのはこれを私に渡してどう言うつもりって事!』
『そのままの意味だが…』
『そのままって何!』
『これでお前は俺の女ってこと』
こんな時にいったい何を、雰囲気もクソもないし、そもそも色々な段階をすっ飛ばしている。
と言うか、申し訳ないが、今のところガエリオに恋愛感情は無い。
『ねえ、ガエリオ、君はバカ?私達、恋人ですらないのに、いきなり指輪って…!バカなの?ねえ、バカなの?私、要らないからね』
薬指からそれを外して返品しようとするが、ギュッと手を握られて阻止される。
『別にいいだろ。俺はこれから縁談をいちいち断ったり逃げたりしなくて済む。お前はナルバエスから解放される。Win-Winだろ』
『…確かにWin-Winだけど…。』
焼け焦げた孤児院を見て呟いた。
『…お前に、そんな闇の仕事は似合わない』
『…何を、言って…、』
(ガエリオ、君は、もしかして、私の、為に、)
『安心しろ。』
優しい声が響く。
『お前はもうナルバエスに縛られなくて良いんだ。』と、私に掛けられた呪いを解くかのように、私の欲しい言葉を紡ぐ。
『孤児院の奴らの事も任せろ』
見た事のない、優しい微笑みで。
『これから…、お前の事は、俺が守る。』
指輪を撫でて。

『…まあ、でも、守るだけじゃ癪だからな、ついでに――…、』

『…――幸せにしてやる。この指輪に誓う。』

『…―――、っ』

心臓が、跳ねた。

今だから分かる。
きっと、
この時から、

(私は…、ガエリオを―――…)




2016.05.08

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