「あ。」
「あ。」
気まずい人物と遭遇した。
そう言えば、この間もこの辺りで会った。
十中八九、この付近に出来たカフェ目当てだろう。
「…どうも、」
取り敢えず軽く会釈。無視する訳にもいかないから、無難に挨拶をした。
えっと、名前は何だったか。帝が一度紹介してくれたが、本名は知らないんだよな。確か、あいつは“あっちゃん”と言っていたか。取り敢えず、本名が分からないから友人Aと勝手に名付けて呼ぶことにした。
「あぁ、先日は、うちの帝がお世話になりまして…」
友人Aはあからさまに嫌そうな顔を浮かべ、棒読みでそう言った。
確信した。どうやら俺は前回の件で、こいつに嫌われたらしい。まぁ、友人に怪我をさせた男なんて、誰でも嫌いになるだろう。仕方無い。
「……悪かったな…。」
軽く謝ると、「私じゃなくて帝本人に言って下さい」と喧嘩腰の科白が返ってくる。
「直接話が出来るんならそうするさ」
出来ないからお前に謝ってるんだ。
俺を見て怖がっていた帝の顔が、脳裏をちらついて動けないんだ。
突き放したのは自分だと言うのに、突き放されるのは嫌だと思う我が儘な俺がいる。
「……あいつの腕、どうだった…?」
友人Aは眉間に深い皺を刻んだ。
「貴方がやったのに、イッチョマエに良い人ぶって心配してるんですか。気にするくらいなら最初からやらないで下さい」
「……っ」
こいつ、なんだ。攻撃的と言うか、物怖じしないと言うか。帝がつるむようなタイプじゃないし、好きなタイプでもないだろう、なのに、なぜこの二人は仲が良いんだ。不思議で仕方無い。
「帝の腕は、まだ本調子じゃありません。バトンだって満足に回せてない」
ぎろり、と睨み上げる。
「いくら、幼馴染みで昔は仲が良かった貴方でも、あの子からチアリーディングを奪う権利なんてない」
胸の奥に突き刺さる言葉。
「あの子は、昔から、大切な人を想いながらチアを続けてきたの。今だって、そうよ。これ以上、邪魔をしないで。あの子を悲しませないで」
(悲しませる…?)
俺が?どうして?
「あんなに想っていたのに、こんな仕打ち、あんまりよ…」
ぼそり、と吐き捨てた友人A。
(どういう、ことだよ…)
「いい!!?聞きなさい!!!」
ズイッ、と物凄い剣幕で。
「あの子は…!!帝はね…!!あんたがオーストラリアに行ってからも、ずっと、ずっと…!!!あんたを好…っ、っし、心配してたのよ…!!!」
まさか、帝が、
そんな訳ない。
「“凛はきっとオーストラリアで上手くやってる”って!!!いつも言ってたのよ!!!」
彼女が、そんなことを。
(それなのに俺は、)
チアリーディングが出来なくなればいいのに、と、自分勝手な理由で、彼女を傷付けた。
初恋の、女、なのに。
「俺、は…」
息が詰まる。
「あの子に謝りなさいよ!!!謝ることが出来ないなら二度と近付かないで!!!これ以上あの子を傷付けたら末代まで呪ってやる!!!」
(こっ、こわっ!!!)
思わず「は、はい」と返事してしまった。友人Aは、俺の返事に納得したのか、「よろしい!」と吐き捨てると、「では、私は用事があるので」と言ってそそくさと俺の前から立ち去って行った。
(すげぇ奴だった…)
溜め息をひとつついて空を見上げた。

どうすれば、良い?
俺は、まだ、帝に会える勇気が無いんだ。





あのスイミングクラブの廃墟の件以来、私は妙に遥にべったりくっつく事が多くなった。
凛に会ってしまったあの時、私は、「また凛に会えた」と言う喜びよりも「凛から逃げたい」という負の感情の方が大きかった。何年間も片想いしていたのに。私の心は、こうも簡単に凍り付いてしまった。
凛を見るのが怖い。凛に会うのが怖い。
彼は私の好きだった凛じゃない。別人なんだ。
寒くて凍えそうな私にとって、左手首の痣を優しく撫でてくれた遥が、唯一の温もりのように思えた。
「帝、また七瀬のところにいたの?」
「あー、あっちゃん」
「“あー”じゃなくてっ。全く、あんなに“凛!凛〜!”って煩かったのに、変わり身の早い奴だ」
「違うよ遥はそんなのじゃないもん」
「ねー?」と隣の遥に同意を求めるが、遥は無言でこっちを睨み付けただけだった。流石に彼から「ねー?」なんて返事は期待していない。
「遥のところにいると、安心するの」
まだうっすらと跡の残っている左手首に触れる。
「なにも、考えなくていいから。遥は、ただ温かい」
遥と一緒にいれば、あの時の凛の怖い顔を思い出さなくて済む。
あっちゃんは「はぁぁぁぁ、」と溜め息。そして小さく「あんたら焦れったい…」と洩らした。
「え?何が焦れったいの?」
「こっちの話よ!」
怒鳴られちゃった。
今日のあっちゃんは機嫌がよろしくないようだ。
「まぁ、あんたがそうしたいなら勝手にしてればいいけど、勘違いされないようにね」
「勘違い?」
「柊と七瀬がついに付き合い始めた〜って噂、流れてるらしいから」
そして、「まっ、追い払う奴が少なくなって私は助かってるけどね」と苦笑。
ああ、あっちゃんは、その噂が凛まで届かないように気を付けろって言ってるんだ。
「もういいよ。あっちゃん」
「え?」
「無理して追い払わなくて」
あっちゃんの目が見開かれる。
「凛のこと、もう、私には、関係無いから…」
「………。」
沈黙。
あっちゃんは、暫く私の顔を凝視していたが、「ふーん、」と言葉を洩らす。
「あっそ」
そう言って、自分の席まで戻って行った。
「遥…」
「…なんだ」
「もう、私、疲れた」
何かを諦めたような声で、弱音を吐き出した。遥は、暫く黙っていたけれど、そっと私の手首に触れた。
「今までずっと走ってきたんだから、少しくらい休んでも良いんじゃないか」
(……っ!)
「そう、だね…」
泣きそうに、なる、なんて。



2014.02.01



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