「ミカドちゃん、綺麗になったね〜」
子犬ですか?子犬ですよね?
くりっくりの大きな瞳でこちらを見上げてくる葉月渚。岩鳶スイミングクラブで一緒にいた子だ。こんなに大きくなって…なんか、月日の流れを今実感した。
「渚も、可愛くなったねぇ〜」
自分より少し高い彼の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でると、「そう〜?でも僕はオトコだよ〜」と不敵に笑った。
「ミカドちゃん、僕が弟みたいに可愛いからって油断してたら危険だからね」
ギュッ、と抱き着かれる。
「オトコは皆オオカミなんだから」
「へっ?」
「僕に噛み付かれないように気を付けてね?」
かぷっ、と指を甘噛みする。な、なんですか…!本当に子犬ですか?子犬なんですか?
「こらこら、渚、その辺にしときな。帝が困ってる」
「僕には僕の愛らしさに悶えてるように見えるけど」
私のところから渚を無理矢理引っ剥がした真琴。対して渚は「エヘヘ」と可愛く笑みを洩らすと階段まで先に行ってしまう。
「…――ねえ、そう言えば知ってる?小学校の時通ってたあのスイミングクラブ、もうすぐ、取り壊しになるって」
(取り壊し……)
遙を流し目で捉えた。複雑そうな顔。
(ん?)
(まさか、渚……)
「だから、その前に、みんなで行ってみない?」
「アレを掘り起こしに?」
やっぱり…。
行かない行かないと反論する遥を何とか丸め込んで、強引に掘り起こしにいく約束を取り付けた二人。真琴も何だかんだでノリノリではないか。
(思い入れのあるスイミングクラブとは言え、夜の廃墟なんて怖いだろうなぁ)
なんて、他人事のように考えてぶるぶると震えていたのだけれども。

「ミカドちゃんも来るよね?僕らの勝利の女神だもん!」

どうやら、私も強制参加らしい。





「じゃじゃ〜ん!」
放課後。
スイミングクラブに忍び込む約束がある夜まで暇だった私は、取り敢えず部室までやって来て、部員の誰かが持ってきたポテチを勝手に漁っていた。因みにのりしおである。今日はタイミングが良いのか悪いのか部活が休みだったから、約束の時間までまだまだ余裕がある。
そんな時だった。
上機嫌であっちゃんが部室にやって来た。そんな彼女が差し出したものは、
「コーヒー割引券…?」
「そう!鮫柄学園の近くに新しいカフェが出来たの!」
「ホェ〜。流石あっちゃん。情報が早い」
「帝、コーヒー好きでしょ?行こうよ」
私は「う〜ん」と唸る。まあ、約束の時間まで時間はたくさんあるし。大丈夫かなぁ。
「行くっ!」
「よし決まりっ!」





「ねぇ、あっちゃん。私、歯の間に海苔挟まってないよね?」
「どれどれ、“いー”してみ?」
「いーーーー」
「おっけ、大丈夫」
女子力の欠片も無い会話をしながらカフェを目指す。
「チア部のファンの子がこの会話聞いたら幻滅するだろうね」
「ねー」
あはは、と笑いながら歩いていると、目的地の看板が見えてきた。「ほら、あれ!」と指差すあっちゃんに、「お洒落なお店だね」と返す。わくわくしてきた。
「うわ、見て、帝、列出来てるよ」
「本当だ。えっと…何人待ちだろ」
この位置からはボードが見えない。小走りで確認しに行こうとした刹那、どん、と誰かにぶつかった。
(あれ?デジャヴ…)
「あっ、すみませ…」
顔を上げると、
やっぱり、
「…またお前か、帝」
松岡凛の姿があった。なんだなんだ、私は凛によくぶつかる何かを持っているのか。
あれか、片想いが重すぎて、凛に私の生き霊が飛んでいってしまって、その生き霊が私と凛に何らかの影響を(プチ混乱中)。
「あー、すみません!この子どんくさくて!」
凛と私の衝突事故を目撃したあっちゃんが駆け足でやって来た。私の横に来ると、「あほっ」と彼女からデコピンを食らった。
(痛い…っ!)
思わず両手で額を押さえた。
目の前の男が私の片想いの相手だと気付かないあっちゃんは、「本当にすみませんでした」と、頻りに凛に謝っている。
「べつに。平気だ。てか、お前、コイツの友達か?」
「へ?」
急に聞かれて素っ頓狂な声を出すあっちゃん。凛と私を交互に見て、「そうですけど…」と。その目は私に「なに?知り合いなの?」と問うている。
「ごめん、あっちゃん。紹介するよ。この人は松岡凛…。私の…」
幼馴染み?
友達?
片想いの相手?
「………。」
言葉が、簡単には見付からなかった。
「……知り合い、だよ。」
動揺が、気付かれなければいいな。
「へぇ、松岡…、えっ?松岡凛?!」
「(あっちゃん静かに!)」
「よ、よろしく…。」
突然のことに頭がついていかないらしい。が、直ぐに私の顔を見てニヤニヤし始める。こうなるなら、凛が帰国してたってあっちゃんには言うんだった。
「凛、こっちは同じクラスのあっちゃん」
「帝と一緒にチアリーディングやってます。どうぞよろしく」
ニヤニヤ、と凛にも笑みを向ける。あっちゃん、そんなことしてたらバレてしまいますってば。
が、凛は、そんなことよりも別の事に食い付いたようだった。
「お前…まだチア続けてんのか…?」
凄く意外そうな声で。
「え、続けてるけど…」
凛は、何を思ったのだろう。何を、考えたのだろう。彼は、私がチアリーディングをやめていたと思っていたのだろうか。
「この子、うちの部のエースですからね。特に、バックアーチジャンプは天下一品」
「………。」
凛は、じっと私の目を見詰めている。
「帝は、バックアーチジャンプで、学年一のイケメンをオトしたことが…」
「あっちゃん!ストップ!」
キタキタ。あっちゃんの親バカスイッチ。どこで入ってしまったんだ。よりによって今じゃなくてもいいでしょ。凛の前で、片想いしてる相手の前で、何で他の男に告白されたことを暴露されなければならないんだ。
「え、えへへ〜、ちょっとこの子、普通の人と違うの〜」
引きつった笑顔で何とか誤魔化す。何か、話題を変えなければ。
「あ、あのね、凛…、今日……遙と…真琴と…」
刹那、凛が、目を見開いた。そして、急に、私の腕を強く掴んだ。
「いッ!!」
「俺の前で――…!!」
「いたいっ!!凛っ!!」
「二度と、そいつらの話をするんじゃねぇ!!」
見たことの無い、瞳で。
私を睨んでいる。
「ちょっと!何をするの!この子痛がってるでしょ!」
「………っ!!!」
凛は、ゆっくりと手を離した。

「もう、俺に関わるな」

戦慄が、走った。
目の前が真っ白になった。凛の顔がどんどんボヤけてくる。冷たい声が、私の鼓膜の中でぐるぐると谺している。

目の前の男は、私の知っている凛じゃない。私が好きだった凛じゃない。

「わたしの、しってる、りんは…っ、」

(私の、大好きな、凛は、)
ぽつり、と声が漏れる。

「オーストラリアで…っ、しんじゃったんだね…」

もう、凛の顔なんか見れない。
私の片想いは、
この瞬間、
呆気なく、砕け散った。



2014.01.30



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