遠い日の記憶。
俺の初恋は、突然やって来た。

『…――お前、泳げないのにどうして岩鳶スイミングクラブに来てるんだ?』

佐野スイミングクラブから岩鳶スイミングクラブにやって来た俺は、プールサイドで
頻りにバトンを回している女の子に声をかけた。
七瀬と橘に何時もくっついている女の子。二人曰く幼馴染みだと。
彼女が、水泳もしないのに此処に来ているのに気付いたのは、このスイミングクラブに入ってわりとすぐだった。最初は様子を見ていたが、ついに耐えきれなくなってしまい、俺は問い掛けた。なぜ、泳がないのに此処にいるのか、と。
すると、思いの外真っ直ぐな瞳で見つめ返されて、俺は声を失った。

『遙と真琴を応援してるの。』

返ってきたのはそんなシンプルな言葉。
『応…援……?』
『そうだよ。二人が、いい泳ぎが出来るように。溺れないように。一番になるように。いっぱい、応援してる』
『………。』
返す言葉が見付からなかった。でも、動揺が隠せない心の中の隅っこで、七瀬と橘が羨ましいと確かに感じていた。
自分の泳ぎを、認め、応援してる人がいるなんて。
『…あ、遙と真琴が戻ってきた。じゃあね』
そのまま、背中を向けてプールサイドを走っていく彼女。何時もならば、『走るな危ない!』くらいは言えるのに、言葉はおろか、声すらまともに出なかった。
『………。』

その、真っ直ぐな瞳に、心を射抜かれた。

『名前、訊いとけばよかったな。』



――やっちまった、なんて頭を過った時はもう手遅れだった。走馬灯のようだった。
コンビニに寄って雑誌でも買ってから寮に戻ろうかと思い、真っ直ぐ近場のコンビニまで歩いていたんだ。
油断していた。
まさか、ここで柊帝に会うなんて。
「おま…帝…なのか…?」
突然過ぎて頭が回らない。
綺麗になってて、一瞬誰なのか分からなかった。

俺の、初恋の、人。

「り、ん…?」
帝も、数年ぶりに再会した俺にびっくりしたらしく、微妙に言葉が突っ掛かっている。
(ど、どうして、こうなった…)
俺の動揺は伝わってはいないよな、と、心配になる。ドクドクと高鳴る心臓。帝の声も半分入って半分すり抜けていく。
(本当に、綺麗になった…)
手に変な汗をかく。自分が今何を喋ったのかすら分からなくなってきた。
「オーストラリアはどう?水泳、楽しい?」なんて平気な顔で訊いてくる帝に、「まぁな」と余裕もクソもない返事をする。今、この状態でコイツに会ってしまったのはまずい。非常に。
精神的に参った中、日本に帰国したのに、コイツの、顔なんか、見たら。
「ほんとに?」
何かに勘づいたのか、再確認してくる帝。ああ、勝てない、と思った刹那的に、おれの頭は真っ白になった。

「向こうには―――…」

(お前が、)

「勝利の女神が、居ないから」

(やっぱり、俺は、)
深く帽子をかぶり直す。これ以上、コイツと一緒にいたら駄目だ。
綺麗になったコイツは、俺の心を掻き乱す。ポンポンやバトンを使いながら応援していた姿を思い出せば出すほど、俺の心が揺らぐ。
水泳なんて、やめようと、思っていたのに、
責められたような気になる。
凛ならまだ出来るでしょ、って。
(だめだ。俺、冷静になれ)
コイツだってもう高校生。もうチアリーディングはやってないかもしれないし、彼氏だって居るかもしれない。あの頃とは違うんだ。
そうだ、違う。
違う、のに。

彼女の甘い呪縛から、脱け出せない。

そう、俺はまだ初恋を引き摺っている。



2014.01.28



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