翌日の昼休み。
俺達は屋上でまったりと時を過ごしていた。
いつもはたくさんの人がいるのだが、今日は何故か珍しく、屋上にはチア部のメンバーと真琴と俺しか見当たらない。
『今日は天気が良いのに人が少ないねぇ』
真琴が呑気にそう告げる。
近くにいた帝も『そうだねぇ』と気の抜けた返事をした刹那だった。
ギイ、と屋上のドアを開ける音。
俺達は音につられるように扉を見た。
『―――っ、!』
帝の友人の顔が引きつったのを俺は見逃さなかった。そして、それは帝も同じだったらしい。
俺達は直観する。今屋上に入ってきたこのグループの奴らが、いじめている張本人だと。
『…っ、帝…っ』
震えている手が帝の裾を掴む。

『なんだ。アンタも居たの』
入ってきた女子達は、俺達を見るなり残念そうな顔をする。そして帝の友人を見て、小さく鼻で笑った。
『あのさ、』
弁当を食べていた手を止めて立ち上がったのは帝だった。
この時、彼女を止めていたら。何度も何度も悔いた。悔いきれない程に。
『…――ハナちゃん謝ってよ。あなた達がハナちゃんに何をしたのか、分かってんだから』
目を丸くする向こうの女子達。帝は尚も言葉を続ける。
『嫉妬ほど醜いものはないわ。これ以上惨めになりたくなければ、ここで直ぐに謝ってもうハナちゃんに関わらないで』
幼馴染みの俺ですら聞いたことのない、低くて威圧的な声だった。いつもの柔らかい声ではなく、別人のような。
向こうのグループは、いつもの帝らしからぬ雰囲気に僅かに怯みはしたが、退く気は無かったらしい。
『なによ!私達だって佐藤くん狙ってたんだから!そこをあっさり横取りしたのはそっちじゃないの!』
『こんな特別美人でも可愛くもない女に負けたなんてっ!腹が立って仕方ないわ!』
ビリリ、と空気が震えた気がした。帝の導火線に火が点いた。
そして、
『あんたさえ居なければよかったのに!消えちまえ!』
その科白が吐き出された刹那。

――――パアンッ、!

乾いた音が屋上に響いた。
何をしたのか、見なくても音だけで理解出来た。
頬を叩かれた女子は、目の前で頬を打った冷たい表情の帝を驚いた顔で見据えている。ふるふると身体が震えて。
『あんたっ、絶対に許さないんだから!!!』
そう叫びながら去って行った。



その事件の後、
俺達は職員室に呼び出された。
『…――暴力をふるったのは本当か、柊』
『違うんです!先生!帝は私の為に―――…』
『向こうの親御さんから電話が来てな。相当お怒りなんだ。柊、ご両親は学校に来れるか』
『出稼ぎで居ません。戻って来れないです』
『参ったな。先生が一緒についていくから、謝りに行こう』
『先生!何で帝が謝りに行かなきゃいけないの!先にハナに手を出したのは向こうなのに!』
『………。』
『先生!何とか言ってよ!』
『先生はそんなに向こうの親が怖いの!?帝には親も近くに居ないのに!力になっても寄り添ってもくれないの?!ただ帝にだけ頭を下げさせるなんておかしいわよ!』
『あっちゃん、』
静かな声が妙に響く。
『ありがとう。大丈夫だから』
そう告げて、下を向いていた帝はゆっくりと顔を上げた。
『でも、先生、』
その瞳は、死んだ魚のように、光すら無かった。

『…――私、絶対に謝りませんから』


数日後、帝は一週間の停学処分。
チアリーディング部の部長が不祥事を起こしたと言うことで、中学校生活最後の大会は、出場停止という最悪な結果に終わった。


その日の夜。


帝の両親から預かっていた合鍵を使用して、俺はこっそりと帝の家に入った。太陽も沈み、辺りはもう随分と前から暗くなっていたのに、部屋にはひとつも明かりがついていなかった。
だからと言って、こんなに早い時間帯に寝てしまったとは考えられない。
俺は静かにリビングへ向かう。

真っ暗なリビング。テーブルに突っ伏している帝の姿があった。

『帝、』

声をかける。
返事はない。

『帝、』

もう一度。
すると、『なに』と震えた声が漸く返ってくる。

『…一人で泣くな』
『…泣いてない』
『…何年幼馴染みやってると思ってるんだ。そんなバレバレな嘘で誤魔化せる訳ないだろう』
『……。』
再び沈黙。
『またか』と溜め息をつこうとしたその刹那、ゆっくりと帝が顔を上げる。その瞳は、俺の予想通り、否、予想以上に、酷く濡れていた。
『ハル』
力なく呼ばれる。
『そう呼ばれるの、久しぶりだな』
顔を上げた帝の近くに寄る。しゃがみ込んで彼女の顔を下から覗いた。
『中学校最後の大会なのに…っ、皆、私は悪くないって笑うの…。責めてくれた方が…っ、怒鳴ってくれた方が…っ、まだ良かったよ…っ、』
零れる涙を親指で拭うが、追い付かない。止めどなく溢れて。こんなに泣いてる帝は初めてで、どうすれば良いのか分からなかった。
『悔しい…っ、悲しい…っ、自分が不甲斐ない…っ』
小さく『ごめんなさい』と吐き出される。それはチア部のメンバーと俺達に向けたものだった。

『…っ、私、皆の“勝利の女神”だったのに…っ、勝負することすら出来ないなんて…っ』

くしゃり、と歪んだ顔で。

『私は…っ、勝たなきゃいけないのに…っ、!』

(…――ああ、帝、お前は――…)

気付いてしまった。
プールサイドでずっとポンポンを振り回していたこいつが、
笑顔で声をかけてくれたこいつが、
ずっと傍で、誰かを、俺達を、応援してくれていたこいつが、

きっと、一番、勝つことに執着していたんだと。

そして、そうさせたのは俺達だと。

“…――勝利の女神だな!”

その言葉で彼女を縛り付けて。

『…帝、』
ゆっくりと下から彼女を抱き締める。肩にじわりと涙の温度が伝わる。
『…――お前は、何も悪くない。だから、』
続きの言葉は、声にならなかった。
きっと、今俺が此処で何を言っても帝には響かない。
幼馴染みなのに。こんなに近くに居るのに。
もどかしくて堪らない。

帝を、勝利の女神に祭り上げてしまったのは俺達だ。
俺“達”。だけど、
彼女を、女神から、普通の女の子に戻せる人間は、

…―――凛、

(多分、お前だけなのに)

遠いオーストラリアにいる友に、
彼女の泣き声が届けば良いのにと。
切に願った。


――帝の泣き顔は二度と御免だと。
もう二度と泣かせないと、あの時、誓ったはずだったのに。




2015.07.02



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