「――えっ!!嘘っ!!!帝どこに行くの!!!」
ギャラリーでチア部の合同練習を見学に来ていた俺達。いよいよ始まるのか、とドキドキしていた刹那だった。
帝が、チームメイトの手を引っ張って何処かに走って行ってしまった。
隣で真琴が「はっ、ハル!!」と俺の方を見て助けを求めるが、俺だって何が何だか分からない。
「とっ、とにかく追い掛けようよ!!」
部員には練習がある訳だから、自由に動けるのは俺達しかいない。
「そうだな、」
渚の言葉に、弾かれたかのように俺達は帝を追い掛けたのだった。





「はあっ、はあっ、はあっ、」
「はあっ、はあっ、はあっ、」
ハナちゃんの手を引いて、かなりの距離を闇雲に走った。
もう私もハナちゃんも全身汗だくで、息切れも酷かった。
ハナちゃんがこちらを見て苦く笑う。
「あとであっちゃんに怒られちゃうね」
にかっ、と笑顔を見せれば、ハナちゃんは再び苦笑した。
「ごめんね、帝」
小さく紡がれる謝罪。
私は首を横に振った。
「気にしないで。ハナちゃんの方が大事だから」
まだ整わない呼吸で、途切れ途切れに返す。
何も考えずに走り抜けたせいで、いつの間にか鮫柄学園の近くまで来ていたみたいだ。
「喉かわいたね。ジュース買ってくるね」
ハナちゃんにそこ座ってて、と促すと、近くにあった自動販売機まで力なく歩いて行く。
取り敢えず、部活で皆がよく飲んでるスポーツドリンクを二つ買って両手に抱えた。が、
「あああぁぁ〜っ…!」
長い間ハナちゃんの腕を引っ張って走っていたせいか、握力も限界に来ていたようで、抱えていたスポーツドリンクが一つ腕の中から落ちて行ってコロコロと転がって行く。
少し離れた向こうで「あははぁ」とハナちゃんが笑う声が聞こえた。
「もぉーっ!!笑いやがってぇー!!」
体力も無くなった私。ふらふらとスポーツドリンクを追いかけていると、コツン、と誰かの靴にスポーツドリンクが当たって止まった。
「あ、」
「あっ、」
見上げた先には松岡凛。
まさか、こんなところで鉢合わせるなんて。
「なにやってんだよお前」
情けなくスポーツドリンクを追い掛けていた私をバカにしたように笑うと、ひょいとスポーツドリンクを拾い上げて「ほらよ」と差し出してくれる。
「ありがとう」と答えると、凛は一瞬何かを思い出したかのように声を漏らした。
「…お前、今日合同練習じゃねーのかよ」
私とハナちゃんを交互に見て。
ちょうど部活のジャージ姿だったこともあるのだろう。凛は怪訝な表情を浮かべている。
「なんで合同練習って知ってるの」
「……江から聞いた」
「そうか…」
「それより何でお前がここにいるんだ。一緒に練習する学校はもっと向こうだろ」
「それは…」
チラリ、とハナちゃんを見た。
彼女は、諦めたかのように淡く笑っている。
だけど、
(言えないよ…っ、)
下唇を噛んだ。でも、そんな醜い表情を見せないように、一瞬で平生を装う。ニッコリと笑って。
「サボり。合同練習なんてめんどくさいじゃん?」
と、吐き出した。
後ろでハナちゃんが「帝…っ!」と立ち上がるのが分かった。
全て本当の事をばらされる前に「ハナちゃん」と名を呼ぶことで釘を刺した。
「お前がサボりか」
凛は、意外そうな表情で私を見下ろしている。
その瞳が一瞬だけ揺らいだ。
「なんか、お前、変わったな…」
「………。」
その科白は、ぐさりと心に刺さった。
「昔は、あんなにもチアリーディングに一生懸命だったのに」
そんなこと、凛に言われなくても。
もやもやと真っ黒な思いが沸き上がるのをなんとか誤魔化す。気のせいなの。きっと。そう言い聞かせて。
「凛の中では、私はずっと昔のまんまなんだね」
ポンポンを振り回している、チアリーディング馬鹿のまま。
私はなるべく明るい声で凛に向き合う。
凛は、何が言いたい?と私をじっと見据えている。

あの雨が降っていた海で、一度近付いた心がまた離れていく音が聞こえた。

きっと、分からない。

仲間を置いて、夢を追った貴方には。

「凛には分からないよ…」

言った後に、はっとして彼を見上げるけど、出てしまった言葉は戻せない。
私は全て諦めて苦く笑った。

「私も…、凛に会わない間、変わったんだよ」

もう、無邪気にポンポンを振り回すだけじゃいられない。そう、知ってしまったから。
目を見開く凛を、これ以上見ていられなくて、「じゃあね」と告げて、そそくさと背中を向ける。
なんて狡いんだろう。
変わってしまった彼に、ズカズカと踏み込んで行った癖に、
自分が踏み込まれそうになったら、背中を向けて逃げるなんて。

「帝…」
ハナちゃんの声が聞こえる。
ニッコリ笑って。
「変なとこ見せちゃってごめんね。はい、ドリンク」

心が軋む音がした。




2015.04.09



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