あの日、確実に何かが崩れた。
『…あれ?ハナちゃんは?』
まだ中学生だった私は、何もかもが未熟過ぎたんだ。
時刻は放課後。ちょうど部活動が始まる頃。
チア部の顧問の先生は、他の学校で何やら会議があるらしく、今日の活動内容は、実質的には自主練になる。
『…さぁ、分かんない。同じクラスの子に聞けば?』
掃除当番だった私。思いの外、掃除に時間がかかってしまって、部活にやって来たのは私が一番遅いだろうと思っていたのに、私が最後ではなかった。
あの真面目でぽわぽわの天然娘、ハナちゃんがまだ来ていないのだ。
どこにいるのかあっちゃんに聞いてみても素っ気ない態度で返される。ハナちゃんと同じクラスの子に聞いても微妙な返事。
(仕方無いなぁ、携帯に電話しよ…)
部室に戻って携帯電話を手にする。
コール音が暫く続いた後で、『帝…?』と言う弱々しい声が聞こえた。
『…、ハ、ナちゃん…?』
いまどこ?と続ける余裕すら奪われた。電話口の向こうの彼女は泣いていた。
『もう…っ、つらすぎて…っ、どうしたら良いのか分かんないよぉ…っ』
彼女の震える声が、脳裏に響く。

『たすけて…っ、帝…っ、』

きっと、トリガーはこの科白だった。





「――帝?」
「――えっ、」

誰かの呼ぶ声で私の意識は現実に戻る。
「あ、あっちゃん…」
「どうしたの、ボーッとして」
見慣れない体育館で身体をほぐす。今日は合同練習の日だった。
「幼馴染み達が来て緊張してるのは分かるけどね、程々にね」
ぽん、と肩を叩かれる。
チラリ、とギャラリーを見れば、コウを含めた水泳部の皆の姿。こちらに手を振っている。
(渚なんてカメラ持ってるし…)
ただの合同練習なのに、何を撮るつもりだろうか。僅かに苦笑を漏らしながら手を振り返したその時、「みんな集まってー」と向こうのチア部の部長が声を出す。それを合図にみんながぞろぞろと集まった。
「みんな知ってると思うけど、今日は岩鳶との合同練習です。お互いの技術を見て高め合いながら、頑張りましょう」
「はい!」と元気な部員達の声が響く。
が、
刹那、くいっ、とジャージの裾を誰かに引っ張られた。
(ん…?)
振り向けば、明らかに気分の悪そうな表情のハナちゃん。
「どうしたの…?」
小声で問うても、答えてくれない。
取り敢えず、その震える手を静かに握り締めた。
「じゃあ、ウチのマネージャーを紹介するわね。岩鳶のみんなは何かあったら彼女に言って」
向こうのチア部の部長がマネージャーを紹介してくれる。瞬間、先程とは比べ物にならないくらい強く引っ張られた。
「…ハナちゃん?」
小声も忘れて、声を出してしまった。
(…――え、)
どくん、と心臓が音を立てる。
ハナちゃんのその瞳には、痛いくらいに見覚えがあった。
じわり、と涙が滲む。
私は咄嗟に先程のマネージャーを確認した。
「―――っ!!!」
カチカチとパズルが完成するかのように。

「…たすけて…っ、…帝…っ、」

再びトリガーが引かれた。




2015.04.09



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