練習が終わり、飲み物を買おうかと、似鳥と共に宿を出たのが数分前。そして、コンビニで妹の江と鉢合わせたのがさっき。ついでに、少し会話して宿に送り届け、今、こうして帰り道を歩いている。
(ったく、まさかハル達まで来てるとは思わなかったな…)
江曰く、合宿、だそうだ。
海で練習しているらしいが、真琴は大丈夫だろうかとお節介にも心配する。
まあ、海を怖がっていたのは小学生の頃の話だし、今は克服している可能性もある。案外、俺が心配する程でも無いかも知れない。
歩きながらボーっと考える。
(……帝は…来てるのか…?)
ハル、真琴、と来たら、次はもう決まってる。俺の思考は自然とあいつの事で埋め尽くされた。
昔からあの三人はセットだった。ハル達が来てるなら、あいつも此処に来てそうな感じはするが、江は帝について何も言わなかった。来てるなら何かしら言いそうな気がする。
(…来てねーのか)
と言うか、それ以前にあいつらが此処に来たのは水泳部の合宿の為だ。帝だけ部活が違うのだから、普通に考えたら此処に来ているはずがない。
俺は何を期待しているんだ。
(…や、別に、居て欲しかった、なんて、思ってねぇし…)
どんだけ帝に会いたがってんだよ。
「俺キモいな」と呟いて、角を曲がった刹那だった。
「――おわぁっ!!!」
「――ふにゃあ!!!」
勢い良く誰かに激突された。
突然の出来事に、俺も向こうも、普段なら絶対に出さないであろう奇声を発する。そして、男として情けない事に、そのぶつかった衝撃を受け止めきれずに、俺は半ば押し倒されるような形で地面に相手諸共ぶっ倒れた。
「…ってぇ…!!」
誰だよ、前も見ないで全力で体当たりしてきた馬鹿は。
前髪を掻き上げて確認する。
瞬間、俺の心臓は止まった。
「……っ、帝…!?」
有ろう事か、想いを馳せていた本人が、俺の上に被さっている。
「えっ!凛!?」
向こうも、タックルをかました相手がまさか俺だとは思っていなかったようで、目を丸くして固まってしまった。
(っつーか水着…!!!パーカーはだけてるっつーの馬鹿…!!!)
目を逸らそうと努力するが、やはり男の悲しき性ゆえに、目線はその柔らかそうな双丘へと固定される。
(…いい眺めだな…)
「なっ、なんで凛が…?!」
江から何も聞いていないのか、あたふたし始める帝。俺の上から退く事も忘れているようだ。
(まあ、悪くないけど、如何せん場所に問題が…)
「…おい、帝。重い」
小さくそう言うと、「ごめん!」と、信じられない早さで俺の上から退いた帝。心做しか顔が赤い。
(…恥ずかしがられると、こっちも調子狂うっつーの)
初恋の相手であるこいつは、こうしてたまに妙に俺を惑わす。
思わず期待してしまいそうになるような表情を、俺に向けて来るのだ。
(無意識とか天然だったら本当に勘弁して欲しい)

「なっ、なんで凛が此処に居るの?」
俺の気持ちを他所に、状況がイマイチ掴めていない帝は問うた。
「合宿だよ。お前、江から聞かなかったのか?」
「いや、だって、私、チアの皆と来て…、宿別々だし…、それに、ついさっきまでビーチバレーしてたから…」
チラリ、とビニール袋に視線を送る帝。
たった今気付いたが、ぶつかった拍子に中身をぶちまけてしまったようだ。ビニール袋から飛び出した炭酸飲料やスポーツ飲料が、道路に無惨に散らばっている。
「成る程、買い出しか」
「うん、ビーチバレー、負けちゃって」
「…珍しいな。お前、運動得意なのに」
飲み物を拾いながら話す。帝は小さな声で「やる気出なかった…。此処に来るつもりも無かったし…」と呟いた。
(…なんか、変だな。)
昔から、こう言うイベント事を凄く楽しんでいた帝が、こうして不満を口にしているなんて。来たくなかった、と。
「何か、あったのか?」
思わず口から出てしまった。
帝は、訊かれるとは思っていなかったらしく、驚いた表情で固まった。
しばらく俺の瞳を見詰めていたが、我に返ったように苦笑すると、「この水着、着たくなかった」と告げた。
確かに、この黒いビキニを渋々購入していた場面を俺は目撃したが、目の前の帝の、こんなに遣る瀬無いような表情は、そんなことではなく、もっと別の事が原因ではないかと思えてくる。
疑いの眼差しで見詰め返せば、再び苦笑された。
「本当のこと言えよ」なんて言える勇気はまだ俺には無い。
「あ、凛ってまだ暫く合宿で此処に居るでしょ?」
「まあ、居るけど…」
「明日の夜ね、皆で花火やるんだけど、凛もやらない?」
「………。」
スムーズに続いていた会話が、一瞬途切れた。行く、と、言いたいが、
(ハル達も居るんだろうな…)
そんなことを考えて躊躇してしまう。帝は、俺の考えている事が分かったのか、「ああ、違う違う!」と急いで続けた。
「ハル達は花火やらないよ?ハル達とは明後日やるんだ。今日はチア部だけでやるの」
「でも、チア部の中に部外者が入って行ったら…」
と、ここまで言って、帝がソワソワしていることに気付く。
「…えっと、ね…、私、こっそり抜け出すから…」
ゆっくりと俺を見上げる。

「二人で、花火、やろー?」

そう言われたら、行くしかない。
俺は、断る術を持っていない。




2014.07.21



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