『お前は、俺の勝利の女神だな!』

あれは、何時の事だったか。
小学生の後半かな。丁度、彼が岩鳶スイミングクラブにやって来た頃だったと思う。
誰かと、彼が、フリーで、勝負して…ああ、そうだった。
(今ではあまり思い出したくないかも)
昔、あまり友達が多くなかった私は、何時も遙と真琴の後ろにくっついていた。二人が大好きで、小さい頃からずっと、二人と一緒で。
遙と真琴が水泳をやり始めた頃、泳げない私は二人を何時も羨んでいた。体育の授業以外は泳いだことも無い。泳ぐことが好きな二人に対して、私は全く泳げなかった。
でも、小さい頃からずっとチアリーディングを習っていた私に、真琴がある日言ったんだ。
『帝は僕達の応援係!だから一緒に来て!』

それ以来、毎回スイミングクラブについていって、プールサイドでポンポンやバトンを振りながら何時も二人を応援していた。ずっと見詰めていた。

そして、

『…――お前、泳げないのにどうして岩鳶スイミングクラブに来てるんだ?』


佐野スイミングクラブからやって来た彼と出会った。


それで、
それで、
あれから、
確か―――…


「…―――帝!!!」
「っ!!!!!」
誰かが私を呼ぶ声で、心地好い微睡みの世界を彷徨っていた私は、一気に現実の世界まで浮上した。やばい、いきなりすぎて心臓ドックンドックンいってる。ビックリしたぁ。
「おはよう。もう世界史の授業終わっちゃったよ」
「ん、ありがとー」
はっきりとは覚えていないが、どうやら、私は世界史の授業に耐えきれずにポックリいってしまったようだ。ノートには、最後まで足掻いていたのだろうか、螺旋のような、ミミズが這ったような、そんな、文字とも線とも言えない跡が残っている(しかも、ミッドウェー海戦をミッドウェー海鮮と書いてある。相当重症だ)。でも、最後まで戦い抜いた勲章だし、記念に残しておくことにした。
「ほら、お弁当準備して。今日はチア部の皆で食べる日でしょ」
行動の遅い私を見て、友人は勝手にバッグを漁り、お弁当を探し始めた。別に構わないけど。因みに彼女は同じチアリーディング部のあっちゃんである。小さい頃から同じチアリーディングのチームに所属していて、よく話したり遊んだりしていたから仲良し。遙と真琴の次くらいに心を許してる子。
「ちょ、お弁当逆さまになってるよ。これ、開けたら絶対ヤバいって」
「いつものことだし。それに、食べたら同じだよ、気にしない気にしない」
若干引いている彼女。見ないふりしてお弁当を持つ。よし、忘れ物は無いな。
屋上へと向かう。これはいつの間にか暗黙のルールみたいになっている。毎週水曜日はチア部のメンバーでお弁当。
(でも、遙と真琴も屋上だからあんまり変わらないかも)
「ほら、はやくはやく!」
あっちゃんに手を引っ張られて階段をのぼる。お弁当がこれ以上シェイキングされないように細心の注意を払った。
のだけど、
「帝ちゃん!」
誰かが、私を呼ぶ。男の声。あっちゃんは、私の腕を掴んでいた手を離した。そして、小さく「またかよ…」と呟いた。
「ごめん、ちょっと良いかな…話したいことがあって」
「あーのーねー、」
あっちゃんが遮る。ここ重要。私ではなく、あっちゃん。
「この子、小学生の頃からずっと片想いしてる相手いるから」
「え…っ?」
「アタックしても無駄。そう言うことだから」
「えっ、帝ちゃん…!」
驚愕する男の子。何を言えばいいのか分からないみたいだった。
「さ、行こう。帝。お弁当食べる時間無くなっちゃうよ」
再び強く手を引っ張るあっちゃん。私は「ごめんね」と相手の男の子に軽く謝ってただただ彼女の後をついていった。後味が悪くて仕方無い。
…―――屋上。
ばん、と、勢いよく扉を開いた(そのせいで遥と真琴もこっち見たし…)。
私達が来るなり「遅いよ!」と捲し立てるチア部のメンバーを他所に、あっちゃんは私に向き直った。険しい顔。ああ、私、怒られる、って思った。
「あんた、隙ありすぎ」
「………。」
「チア部ってだけでブランドついてるんだから。あんなのくらい軽くかわせなきゃ駄目だよ」
「うん、ごめん…」
あっちゃんには悪かったと思ってる。だけど、片想いって辛いのはよくわかってるから、尚更断りづらい。どうすればいいのか、ずっとわからないまま、引き摺ってきた結果がこれ。まったく、嫌になるね。
「てか、松岡凛、だっけ?そいつも、こんなかわいい子ほっといて勿体無いね」
「あっちゃんそれは言い過ぎ」
あっちゃんは少し親バカと言うか…そんな節がある。
「その松岡凛がどんな男か詳しくは知らないけど、早く忘れて新しい男探しちゃいな。あんたならカッコいい男の一人や二人は容易いでしょ」
「二人はおかしいよあっちゃん」
「いいのいいの」なんて言う彼女の顔を見て溜め息をつきたくなった。これは、もしかして、楽しんでいらっしゃる?
「まあまあ、二人とも座って」
メンバーに促されて、所定の位置に座った私達。正直に言って、チア部はモテる。半端なくモテる。顔がそこまで可愛くなくても、チアリーディングをやっているということだけでモテる。さっきあっちゃんが言っていたように、一種のブランドのようになっている。だから、メンバーも私とあっちゃんの一連の言動から察したらしく、「お疲れ様」なんて軽く声をかけてくれた。
「そう言えばさ、今更だけど、帝の好きな人、マツオレンだっけ?その人さ」
「惜しい。マツオカリンね」
「そうそう、その人とは結局どこまでいったの?告白はしたの?」
「告白、は……」
思わず後ろを向いた。遙と真琴がこっちを凝視している。遥は無表情。真琴はヒヤヒヤしてる顔。因みに二人とも私が凛を好きだってわかっている。
「告白はしてない。する前にオーストラリアに逃げられた」
「えっ!嘘!?オーストラリア!?」
「うん、今頃向こうで金髪美女とパコパコしてるんじゃないの」
後ろから、真琴の「そんなはしたないこと言わないの!!!」と言う叫び声が聞こえた。
無視無視。

『お前は、俺の勝利の女神だな!』

不意に過った彼の科白。
お弁当の蓋を明けながらぼーっと過去に思いを馳せる。

彼の勝利の女神様にはなれても、
恋人には、なれなかった。

「オーストラリアかぁ、それじゃあ尚更新しい男を早く見付けなきゃね」

誰かが、そう言った。
同じ空の下に居るのに、
彼は何時も遠い。



2014.01.27



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