「…随分とモテモテじゃねーかよ」
手を引きながら、自分でも可愛いげのない言い方だったなと思った。
しかし、帝はそんな俺を怒るでも無視するでもなく、僅かに笑うと、「凛ほどじゃないよ」と、根拠も何もないそんな科白を返した。
俺は、帝から顔を逸らすと、頭の隅で思う。
この華奢な腕を、めちゃくちゃに握り締めて痛め付けたあの日を。
(本当に、悪いことをした…)
帝は治ってチアリーディングにも支障はないと言っていたが、それは本当だろうか。昔から、こいつは妙に人に気を遣うところがあったから。
(逸そ、怒鳴ってくれたほうがまだマシだ…)
と言うか、俺は、いつまで帝の腕を握っているんだ。離そうと指先を見詰めるが、離すタイミングを完全に見失ってしまった。俺は、第三者から見たらめちゃくちゃ変な格好のまま、帝を引っ張ってズンズン進む。
「びっくりしたー。いきなり凛がやって来たんだもん」
そんな俺の胸中にはお構い無しで、マイペースな科白をぶっ込む帝。俺は何と答えれば良いのか分からなかった。
あの野球部員を見た瞬間、はっきりと分かったんだ。あいつは帝を狙っているのだと。そりゃ、あんな可愛い笑顔で応援されたらな。誰だって恋してしまう。幼馴染みの俺でさえこのザマなんだから。
遠くから野球部員をじっと見据え、告白するのか、しないのかと、雰囲気から推測した。そして、あれはしそうだな、と言う結論に達したところで、帝はどうなんだ、と疑問が過った。告白を断るか?チアが恋人だからって言って。あいつなら言いそうだ。だけど、もしあの野球部員がこの間盗み聞きした、帝の片想いの相手だったら?
俺が、もう貰えなくなった、あの笑顔を、あの男が独り占めすることになったら?
そう思ったら、勝手に彼女の名前を呼んでいた。帝の想い人がその野球部員だったとしても構わなかった。取り敢えず、二人を引き離そうと。半ば無意識に、彼女の手を引いて、奪い去って、今に至る。
「俺は…、」
息が詰まる。
お前が、誰かの男になって欲しくない――その科白が真っ直ぐ紡げる程、俺達の仲は修復していない。
暫しの沈黙。
話題が見つからない。どうしようか、と頭を巡らした。
「ねえ、凛…」
しかし、俺が話題を見付ける前に、帝からの声。
「ねえ、もしまたこう言う状況に陥ったら、また凛が助けてね?」
「は?」
「私ね、告白を断るのって苦手なんだー」
押し切られると、ちょっと危ないの、と続けて。
「ただごめんって言えばいいことだろ」
「うん、でもね、わかるから…」
と、ここでハッと口を閉じた帝。口を滑らせたようだ。
「何がわかるんだ?」
俺は、それに気付かないふりをしてあげられる程、優しくもないし、余裕もなかった。直球でそう問い返せば、小さな声でボソリと。
「私も…片想いしてる人…居るから…フラれるのが辛いって、痛いほどわかる…」
「……。」
「……。」
「ハルか?」
「へっ?」
「ハルが好きなのか?」
「違うよ…」
「じゃあ真琴か?」
「真琴でもないってば…」
下を向いていた帝が、不意に俺を見上げる。拍子に掴んでいた手首が俺の手から離れた。

「私の好きな人は…っ、」

真っ直ぐ、見詰められて。
身動きが取れない。
余りにも熱っぽ過ぎるその瞳。

(え…?おい、まさか…)
何十秒、何分、そうして見詰め合っていただろうか。
音も何も聞こえない。ただ、帝の瞳を見詰める。
その唇が、想い人の名を紡ぐその瞬間を。
どうか、俺の名を。

帝は微笑んだ。



「…ひーみつ!」



(…はい?)
ぐいんっ、と外方向いてしまう帝。なんだったんだ、今の時間は…。
そんな紛らわしい事、しないでほしい。勘違いしてしまう。お前は俺を好いてくれているのかも知れないと。
「行こっか!凛」
おいでおいでと手招きされる。小学生の頃のように。
あの頃からそうだった。

帝の背中は、
いつも、
近いようで、遠い。




2014.07.05



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