――うちの野球部ね、今度新人戦で。試合観戦しに行きたいんだけど、野球のルール分からなくて…、お兄ちゃん来てくれないかな?

江からのメール。怪しいとは思っていたんだ。急に野球が観たいなんて、何か裏がある、と。だけど、何を考えているのか結局分からずに、半ば強引に了承させられ、その日を迎えた訳だが…。

…――ごめん!お兄ちゃん!急用が入って行けなくなっちゃった!

球場に来た途端これだ。我が妹ながら、何がしたかったんだ。俺は一体どうしたら良いんだ。
振り回されてイライラしてきた俺は、もう帰ろうかと出口まで向かった。鮫柄の生徒だし、岩鳶の新人戦を観る必要なんて微塵もない。さっさと帰って寮で休むか、なんて思っていたその時、「うぉぉぉ!」「わあああ!」と言う歓声。ホームランでも打ったのだろうか。吹奏楽と声援が大きく響き渡った。
(岩鳶か…?相手チームか?)
どちらだろうか。もうだめだ。気になってしまう。
(どっちが打ったのか確認したら帰ろう)
そうだ、と、一人納得し、再び観覧席まで戻る。
コンクリートの階段をのぼり、一歩、一歩、もう少しで点数が見える――…
刹那、
俺は、見付けてしまった。
「……っ、!」
ギラギラの太陽のもと、ポンポンを持って楽しそうに応援している帝の姿を。そして、瞬時に「江はこれの為に俺を呼び出したのか」と悟った。
「……、」
点数を見に戻ったはずなのに、点数なんか視界には全然入らなくて、ただ、まるでそれだけが俺の世界のように、彼女はずっとキラキラと笑っていた。

『…――お前は、俺の勝利の女神だな!』

遥か昔の。
あの頃の言葉を思い出す。
(ああ、俺は…、)
「帝…」
呟いた名前は歓声に掻き消される。


『…――俺、水泳やめる!』

『…――まだチア続けてんのか…?』

『…――続けてるけど』

『…――あのね、凛。今日、遙と真琴と――…』


「どうして…俺じゃねぇんだよ…」

いつからだろうか。
彼女の笑顔が俺に向かなくなったのは。







「…――お疲れ様でしたぁ…」
野球部新人戦、初戦は見事惨敗。気合い入れて応援しただけに、ガッカリ感が否めない。
「汗だくだねぇ、お風呂入りたいね」
「ねー」
帰る方向が同じハナちゃんとそんな会話を繰り広げる。今日は本当に疲れたから早く帰って休みたい。
「帝ってチアやるときいつも全力だよねー」
「うん、チア好きだし」
「それがいけないんだよぉ。気付いてる?応援されてた野球部員の数人が帝を見てうっとりしてたの」
「え!?なにそれ!!」
思わぬ事実に背筋が凍る。「無自覚って怖いねぇ」なんてのんびりとしたハナちゃんの声が右から左に擦り抜けていく。私、そんなつもりは無いのに。
「本命がいるのにね、帝も大変だね。…あ、ほら、噂をすれば」
ハナちゃんが指差す先は、野球のユニフォームを着ている男子生徒。こちらを見ながら私達が近付くのを待っている。
「私の方見てないし、これは確実に帝狙いだなぁ」
「一人で行ける?」と優しい声が聞こえる。
「……行け、る…から…」
絞り出した声は震えていた。
「わかった。じゃあ、私は先に帰ってるね」
ギュッと私の両手を掴んで見詰めるハナちゃん。まるで勇気を注入してくれるかのように。
「じゃあ、また明日」
「またね」
ハナちゃんの背中を見送った。すると、男子生徒が今がチャンスだとばかりに此方に向かってくる。一歩、一歩、と距離が近くなる。頭が爆発しそうだ。逃げたい。嫌だ。


「…―――帝、っ!」


幻聴かと思った。
だって、凛の声が聞こえるはずがない。
呆然と立ち尽くして居ると再び「帝」と言う声。さっきより近い。
ここで漸く辺りを見回すと、凛がそこに居て此方に向かっている。野球部員が来るよりも早く。私を横から奪うかのように、腕を引いて。

「…――バカヤロー、こっち来い」

掴まれた手首。
前に、きつく握られた時とは全然違う。割れ物を扱うかのような、優しくて、温かくて。
「凛…っ、」
思わず出た声。
「ばか、大人しく恋人のフリしてろ」
「あいつの恋人になりたいなら別だが」と続く。
私は急いで首を横に振った。それを見た凛は、心做しか楽しそうな顔で。
「だろーな」
と、笑ったのだった。
(ねえ、凛…)

恋人の振りなんかじゃなくて、
本当の恋人にはなってくれないのかな?

そう思いながら、彼の横顔をずっと見詰めていた。




2014.07.03



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