振り向いた先に、凛が居た。

まるで時が止まったかのように、私達は暫く見詰め合っていた。コウから聞いていたから覚悟はしていたし予想もしていた。だから、彼に会ったから、目が合ったから、と言って動揺するはずがない。…ない、のに。
心臓が、ぎゅうぎゅうと苦しくなる。目の奥がツンとする。
(ああ、私、やっぱり凛が好きなんだ)
別人のように冷たくなっていても、過去を辿り、あの頃の面影を探したくなる程に、私はまだ松岡凛を好いている。そう思い知る。
何れ程の時が過ぎただろうか。実際はそんなに経っていないだろうけれども、私にとっては長い間そうしていたように思えた。凛の瞳は、私をただじっと見詰めていた。その瞳の奥で彼が何を考えているのか、私には何も読み取れなかった。もしかしたら、凛も私に同じ事を思っているのかも知れない。幼かった頃は、こんなまどろっこしいことをしなくても、表情や雰囲気だけで理解し合えたのに。私達は、随分と遠い場所まで行ってしまった。
放っておけば永遠に続きそうな空間を、あっちゃんの「松岡、凛…」と言う抑揚の無い呟きが裂いた。その声で、私と凛はハッとして現実に引き戻された。
「………。」
「………。」
気まずい沈黙が流れる。チア部の皆もあっちゃんの「松岡凛」で察したらしく、私達を静かに見守っている。
先程とは違う沈黙。
少しの苦痛を伴ったそれは、最初に打破した人物がきっと主導権を握れるのだろうけど、それを打ち破る科白が見付からない。どうしよう、と迷っているうちに、先に凛が口を開く。

「ちょっと話がある。」

主導権は凛へ。
私は、頷くしか出来なかった。





チア部の皆は気を利かせて先に帰ってしまったらしい。携帯電話に入った「先に帰るね!頑張って!」と言うメールを読んで軽く溜め息をつきたくなった。
外まで出てきた私と凛は、先程と同じように妙な沈黙を纏い、一定の距離感を保っていた。
不意に、凛が立ち止まった。

「…手首…」
「え?」
突如話し出した凛を覗き込めば、力強い声で「手首、悪かった」と告げられた。
「痛くないか」
「大丈夫。痛くないし、チアリーディングにも支障はないよ」
余計な情報まで教えてしまう。きっと、凛は私のチア事情なんて微塵も興味ないだろうに。
凛は特に気にする様子もなく、「そうか」とだけ返した。
「……。」
そして、再び黙ってしまった。
(え?もしかしてそれだけ?)
「凛…」
思わず口を出てきた言葉。
「もしかして、心配してくれてたの?」
覗き込めば、彼はあからさまに顔を背けた。
「お前のせいでチアリーディングに支障が出た、なんて言われたら堪らないからな」
僅かに攻撃的なその科白。だけど、私には十分過ぎた。
「…っ、」
過去の凛を垣間見た。
冷たい瞳の奥には、ちゃんと、あの頃の凛がまだ残っていると、目の前の凛を見て分かったんだ。
「そっか、ありがとう」
にっこりと微笑む。
ああ、私は何を怯えて居たのだろう。そんな事を考えた。
自分のことばかりで、私は凛の事をしっかり見ていなかったのだ。何が片思いだ。彼の中身を見抜けなかった未熟者め。

凛の根本は変わっていない。
ただ、何か大きな壁にぶち当たっているだけ。

「ねぇ、凛」
「ンだよ」
「……ううん、やっぱ何でもない」

貴方が、早くその壁を乗り越えられるように、私は応援しているから。
プールサイドで見守っていたあの頃のように。
だから、
早く、帰ってきて。

あの頃の凛を、もう一度、見たいの。




2014.04.18



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